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孤独死と孤立死 どうして今、報道が過熱しているのでしょうか?とても参考になる小辻寿規さん、小林宗之さんの論文を見つけました!

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2011/kh01b.pdf

Core Ethics Vol. 7(2011)
論文
孤独死報道の歴史
小 辻 寿 規*・小 林 宗 之**

はじめに

「孤独死」は、2000 年頃からメディアなどで急速にクローズアップされ始め、少なくともそれが社会的に語られ、
問題化されたのは最近のことであると受けとられている。
孤独死は「一人暮らしをしていて、誰にも看取られず自宅で亡くなった場合」1を主にいい、千葉県松戸市の常盤
平団地における孤独死2、北九州において男性が「おにぎりが食べたい」と書き残して孤独死した事件3などをきっ
かけに、この問題は多くの人々に注目されるようになった。それ以前は、阪神・淡路大震災においての孤独死が、
そして2010 年からは「無縁社会」4、「無縁死」という言葉でも取り沙汰されるようになった。
しかし、いま―そう一義的でないとしても―「孤独死」とされるような事例が本当に報道され知らされてこ
なかったのか。報道されているとすればどのような内容のものであったのかそれを明らかにしておくことには意義
があると考える。というのも、いま孤独死は現代の病理として語られ、この時代に固有のことであるように受け止
められている。しかし、本当に現代の病理なのだろうか。
その真偽をたしかめ、その認識に違うところがあるのであれば、今度はそのことの意味を考え、次に、なぜ近年
のこととして言われ、対策が求められているのかといったことを考える必要があり、その第一作と本稿を位置づけ
ている。本稿においては孤独死が「現代の病理」でいるのか否かを明治から阪神・淡路大震災までの報道を中心に
論じ、それ以降のものについては、今後の論文において取り扱うこととする。
「報道」を扱う場合、「事実」なのかどうかという問題は常に付きまとう。だが、少なくとも文字資料によってのみ、
一定以前の過去は知りようもないのも事実といえる。そのため本稿においては孤独死「報道」を押さえる。出現率
を知りたいのではなく、あったかなかったのか、あったとすればその語られる文脈はどういったものだったのかを
明らかにしたい。

(そうそう、そう思ったんです!)

最後には
要旨として

要旨:
独居者が誰にも看取られずに亡くなり、そのことに周囲の誰も気付かず、死後発見される「孤独死」。比較的最近
になって取り上げられる機会が増え、いかにも現代の社会問題のように扱われてきた。しかしながら、人間関係が
希薄な人は昔からいた可能性が高く、現代の社会問題として取り扱うのは早計である。そのため、本論文は、過去
に「孤独死」ついてどのように存在してきたのか、もしくはそうではないのかを探る。
その結果、今でいう「孤独死」に該当する事例は明治の時代から存在することが明らかとなった。「孤独死」とい
う言葉それ自体は存在していないものの、現在の観点からすれば「孤独死」といわれるような事例は1880 年代の新
聞報道の中からもあることが分かった。1970 年以降の報道よりは孤独死報道の件数は少ないが、明治期の新聞を見
たところ、必ずしも高齢者だけの問題ではなく、古今老若男女問わず誰もが陥る可能性がある問題であるといえる。


http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2011/kh01b.pdf

をご覧になることをお勧めします!

そして、ちゃまが、思うのは、都合のいい時だけ、都合のいい形でだけ、それを取り上げ、利用してしまうことのないようにしないといけないのでしょう。日本の世界に誇る年金や保険も、長い年月の間に、官僚の人たちの都合のいいお金の「ありか」として利用されるようになってしまった歴史がありますから。

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