« 2011.10.18 首都圏845 | Main | 市民グループが計測して高い放射線量がわかってきたことで、テレビのゲストやコメンテーターでも市民と行政の連携を言うひとが増えてきました。でも、線量計を東電に請求すべきというひとはいまだいません。不思議です。真っ先に、そういって市民に線量計を買って計測して市民ネットワークデータベースを行政がつくって、その費用は行政が責任を持って東電に請求しますと、どうして、いえないのでしょう。そういうコメンテーター、専門家、キャスターが、どうしていないのでしょう? »

2011.10.18 ニュースウォッチ9のトップニュースで東京都中野区の自転車取締を紹介。これはとても必要なことです! でも、ひとつ、「軽すぎる罪の意識」とNHK大越さんは言っていました。 そうではないんです。必要なのは社会性を理解することです。市民としての社会の中の自分の身の振り方を学ぶことです。 罪の意識ではないんです!みんなにとって公正で安全な道路交通をそれぞれが実践することです。それは罪の意識ではなくて、社会をどう築き上げていくか、という積極的な社会参加の意識です!!!!

公正な道路の使い方だから、自転車だけでなく、また、歩行者を邪魔する自転車だけでなく、
自転車や歩行者を差し置いて、自動車だけが優遇されている道路交通についても、厳しい目で見なければいけません。

住宅街の狭い道路で、自動車運転者の横暴(運転者がそう思っていなくとも、自動車が走るだけで横暴ですから、かなりゆっくりとしたスピードで走らないといけないのです)についてもふれなければいけません。

そういうのを差し置いて、自転車運転者だけに悪者にする視点が、一番、バイアスあるのです!!!


さて、それを差し置いても、台湾の折りたたみ自転車では世界一有数の自転車会社、太平洋自行車(パシフィックサイクルズ)の林正義さん(ジョージ・リンさん)が台湾の経済番組でこんな話を紹介していました。
「(ポートランドやシアトルを例に挙げた司会者に、それは例外。ロンドンを走りましたがひどい。東京はとてもとてもひどい、10メートル毎に途切れていていちいち止まって一端とまって、また走るの繰り返し。でも東京はそれでもとてもたくさんの人が自転車に乗っている。」(詳しくはあちらで

台湾は世界有数の自転車生産の頭脳ですけれども、
日本は世界でも有数の自転車王国なんです。

の、はずなんです。
でも、
トレック社長ジョンバークさん
「自転車にやさしい世界をつくろう」との自転車業界への呼びかけ
2007年台北自転車見本市プレゼンビデオ
などのように
世界各国での、自転車利用の例として、
日本が紹介されることはほとんどありません。

その一つに、
行政が、自転車交通に関して何も取り組んでいないに等しいことがあるでしょう!
自治体が取り組んできたのは、自転車を「放置」と見なしてゴミ収集のように片づけることと、
次に自転車駐車場(日本では駐輪場と短くいうことがおおいです)を設置することです。

先進国と言われるところでも
自転車駐車場とは、チェーンが結べるだけの動かない鉄の輪があるのが普通です。

でも日本では、自転車駐車場対策として、高機能な設備を導入することで多額のお金をかけて、
結局は、それも、使用者からお金をとったうえで、
雇用と天下り先の拡充に使われたりしていますが、
それも利用者は当然普通のことと思ってしまっています。

そんな日本で、
とりあえずいまある法律の元で交通違反の取り締まりというのは
当然やるべきことでしょう

取締される利用者が悪いというだけではありません。
いままで取締してこなかった警察側にとっても
今ある法令が自転車走行に適切でないことを
身をもって知るきっかけになることでしょう。
法令は実際に使われて、その適不適がわかるのですから!
ただ、飾りのようにあっても、使われなければ、「絵に描いた餅」です!

そして、また、
道路交通法というのは、殺人罪などとは違うということを理解しないといけません。
道路交通法は、地域自治体のゴミだしルールと同じなのです。
たとえば、前日夜のうちにごみを出しておくところがいいところと、
朝、収集直前の1時間前以前にごみを出してはいけないところでは、
状況が違うのです。

それは、その『社会』というところで、どういうルールが、社会生活上適切とされているか
どういうふうにみんながふるまうと、多くの人が公平で幸せに暮らせるか
というためのルール、規則です。

社会条件が違えばルールも違って当然ですし、
時代が変われば、条件も変わって、同じところでも、ルールを変えていくことになります。

それは、そのルールに違反することで、罪の意識があるとかないとか、ではなくて、
主体的にルールに対して、社会の一員として、意見し、
納得すれば従い、
納得しなければルールの変更を働きかける
そういう種類のものです。

不服であっても、他の多くの人がそれがいいといっているうちは、
社会人として、一般に従うものであって、
それは「罪」だから従うものではありません。

お上が、皇帝が、王様が、従え、これに逆らったものは、罪として罰を下す!
というものではありません。

みんなが一緒に生活していくために、みんなで作り上げるルールなんですから!
そのルールを『守る』のではなく、
そのルールで生活していくのです。

自動車のことを考えてみても
日本で自動車が右側通行するのは罪だからしないのですか?
罪の意識があるから自動車は右側通行しないのですか?
右側通行したらぶつかるからしないだけです!

公共放送で公共性が罪の意識なんて!
それがNHKの公共の意識なんでしょうか!
公共とは、だれかが、お上が、つくって、それに従え!
臣民は罪の意識を持て!
ということなのでしょう!

そうではありません。
公共というものは、みんなが作り上げていくものだから
社会参加の意識なんです。
どうやったらみんなが幸せに暮らせるのかを各人が自分が考えて
各人が実践することが
公共のルールとなっているんです。
自転車通行のルールとなっているんです。

罪の意識なんていっているのは
公共放送が、お上の広報機関だといっている意識そのままでした!

公共放送の看板を取り下げて、政府(お上、天上)報道組織となのっていただきたいです!

コロンビアのボゴタ市の改革が一つご参考になるとおもいます。

その中で、(罪ではなくて!)市民性だというのは、モクス市長のおこなったことで
「インフラを整備すること以前に市民としての意識改革を行なったこと」
「相互尊重の精神に基づく新たな都市文化」
「市民自ら都市生活での自身の振る舞いの結果を考えるよう促そう」
あたりです。
ちゃまは、これで、ひとつ、気づかされました⇒ボゴタ
環境問題への取り組み コロンビア、ボゴタの変容 , 1995-2000: 市民性と都市交通への投資

(ボゴタについては、日本の官僚は自分たちの手柄だとJICAを使って成果を上げたと宣伝しています。バス交通システムBRTの「トランスミレニオ」は日本がやったかのように宣伝しています。実際はJICA提案が却下されたと当のペニャロサ市長がいっているのに!

原発事故でどんどん明らかになっている実態がありますけれども、それ以前にどのようにやっているのかがよくわかる事例の一つです。失敗してもなお、国内的には産官学で宣伝に利用しているんですから!

自転車の交通での利用を「罪」という観点でとらえさせることも、このような「お上に服従」の思考を『植え付ける』ような流れの中にあると、思うんです! NHKは「お上の広報機関」だということが、ひとつひとつの報道姿勢から見えてきています。)

誤った紹介が、これ⇒
幸せとは何か? 幸福とは NHK クローズアップ現代 でやっていますね!(2011年6月2日)フランスとかブータンっていってます⇒ちゃまは、ボゴタのペニャロサ市長のお話から知ることになりました。⇒NHKでは「個人の幸福」ではなくて「行政サービスの、しかも個別のサービス別満足度」の話にすり替えられていました!このままだと間違った言葉の使い方が広がってしまいませんか 最初が大切! また誤った狭い定義はいやです!>NHKのみなさま!責任重いですよ!

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