« 原発避難仮払い 人ではなく世帯なのは という質問で 海江田大臣 「地震の時は世帯」というのを例にだしました | Main | どうして、牛を飼っている人に避難を促すのに、避難する側が自分で探さないといけないのでしょう?どうして、いつまで避難するのがわからないのに、荷物を置いたままだし、荷物運びをすぐに手伝ってくれないのでしょう?賠償の話だけなんですけど・・・ »

自動車は生活を立て直すのに欠かせない存在だ・・・いま安定したクルマの供給を待ち望んでいる・・・・報道ステーション 「生活再建拒む中古車不足」ナレーション ⇒ その基本的な姿勢が問い直される時代となったのではないでしょうか?古館さん?

人々が求めているのは中古車ではなくて、
「日常生活に必要な移動手段」

自分の力で何とかするしなかいから、中遠距離の移動が必要な人にとって、中古車という選択肢を選ぶしかないということでしょう。

それは社会が、中央政府が、地方自治体(地方政府でないことを何とも思わない)が、何もしてくれないことの裏返し。基本的要求に視点が向かないのならジャーナリストじゃないでしょう
4/1にテレビ東京のワールドビジネスサテライトが報じていたようです。これが最初でしょうか?そしてNHKも「被災地で急増 中古車需要」 4月26日 NHK 7時のニュース 日本のジャーナリズムには広く交通問題をとらえる視点が失われてしまったのでしょうか?

ビジネスサテライトの視点ならまだ理解できますが、一般的な視点では「現代の交通の問題」として、日本が忘れてしまったのではなく、マスコミが忘れてしまったように思えます。これは自動車生産国で、政治、官僚、マスコミ(宣伝のお金が収入源)、広告代理店(製作が収入源)というところでしょうか。『正しい』ことがどういうことなのか、少なくとも『多面的に』ものを見ようという捉え方ができなくなっている(少なくとも放送されるものとしては・・・)ということなのでしょうか。
2011年4月19日(火曜日)の報道ステーションでした。

生命保険会社にお勤めのママさんが安否確認に自動車で向かいながら、(中古車がすぐに手に入れられないため中古車自動車販売店が特別にサービスしているという)「購入予定者向け無料貸し出し」を利用しているとの話でした。それにくわえて報道ステーションのレポーターが「仕事以外にもいろいろ利用できますね」との問いかけにママさんは「子供の送り迎えですね。子供が学区外に通っているので。」との話でした。(この問いかけが、なにか、テレビショッピング風の「これ以外にもこ~んな使い方もできます!」みたいで、なんかこの番組あやしいかも・・と感じたきっかけ)

被災のためなのかもしれませんが、自動車でなければ通えないような場所で、学校に通う。

こういうことは、自動車を前提とした社会だからです。

自動車がないのであれば、被災した方たちのための学校は、もっと、ちいさなくくりで作られるはずです。

自動車があることを前提とした復興計画の端緒です。


Google イメージでスクールバスを検索
それなら、小学校のスクールバス運行が、被災地支援としておこなわれてもいいはずです。そういうことは全くいわれませんでした。いままで、震災でそういう話もきいていません。広域だからこそアメリカなどではスクールバスが使われています。


そして、「報道ステーション」も、そういった広い視野での視点を問いかけることなく、自動車の個人所有が当然求められるものという前提で、「中古自動車が不足している。安定供給が待たれる。」と結んでいました。

それでいいのでしょうか?

震災以後に自家用車での送り迎えはおかしいのではないかと問題点を指摘するのではなくて、個人使用の自動車所有を勧めるというのは、背後になにか、そのような動きを求める人たちが動いているのでは・・・と邪推してしまいます。

私たちは、体だけでなく、頭も、自動車前提の社会で考えてしまうのでしょうか?
まるで、原子力発電ありきで、電力需給を考えてしまうことに、似ているとは思いませんか?

原子力はどうしたらいいのか議論が生まれてきました。
でも、原子力だけでいいのでしょうか?
いままでの社会のありようをもう一度考えなおさなければ、そのいろいろな絡み合いで、結局、ベクトルは、元の方を向いたりしないでしょうか?

NHKのニュースウォッチ9で、東京大学教授の御厨(みくりや)貴さんが、(高度成長期以降いままでは)「高度成長型なので、みんな似通った発展をしなければというモデルで作り上げられてきた」 けれども、「今後は、それが変わる」と、政治に託していました。

この数十年で作り上げられてきたそのままの「自動車がなければ生活できない国」で、今後もいいのでしょうか?

台北自転車展2011:揺れ動かない自転車ビジネス:日本の地震はあなたの会社にどのような影響がありますか?では、サイクルヨーロッパジャパン社長が木村さんは、「日本北東部の人々のほとんど大部分が交通手段として、自動車を運転しています。ですから、それにくらべて、自転車利用者人口は、多くはありません。自転車販売の多くは東京から西側なので、今回の地震の影響はあまり受けません。しかし、今回の地震は日本の輸送にかなり影響を与えています。鉄道が予定通りには動かなかったので、昨日わたしは成田空港まで自動車を運転しました。自転車販売は大量輸送の混乱でうなぎ上り(skyroketing)です。」といっていました。

東北の人たちが自転車を利用できるような、それも、自転車リヤカーを含めて、多用な交通手段として利用できるような、そういう交通網の発想がなければ、いままでどおりに「自動車をつかう街づくり」がされてしまうでしょう。

そうして、また、「中古自動車が不足している。安定供給が待たれる。」が繰り返し叫ばれるでしょう。



“If you plan cities for cars and traffic, you get cars and traffic.
If you plan for people and places, you get people and places.”

自動車と交通の事を考えて街の計画を作れば、自動車と交通が生き生きする。
人々と人々の居場所の事を考えて街の計画を作れば、人々と人々の居場所が生き生きする。

http://www.pps.org/transportation/ から・・・・

今日の報道ステーションは、いままでどおりの経済大国、それも、自動車生産大国日本のスポークスパーソン(報道官/官房長官)の役割をしていました。

まるで、「災害にあったら、私的自動車が必要ですね!」といっていました。
まるで、特集全体が自動車メーカーそして大きく自動車業界の宣伝にきこえました。

ほんとうにそうでしょうか?
なにかに囚われてしまっての視点ではないでしょうか?

たとえば、コロンビアのボゴタのことを考えてみたらどうでしょう?ちゃまは、最近までまったく知りませんでした。日本ではどうして知らされることがないのでしょう?>古館さん? 世界では環境に関心のある人はみんな知っているようですよ。(日本の目は、教えてくれるのは、ヨーロッパとアメリカだけと思っているようです。)

コロンビア、ボゴタ:地獄のような生活から健やかな生活へ | バンクーバー世界都市フォーラムで驚きを与えた市長 | フォーラム基調講演 | 1995-2000: 市民性と都市交通への投資

世界でいわれていることと違う、ご本人ペニャロサ市長の主張とも正反対。『JICAはボゴタの交通マスタープラン策定などしていませんでした』。アンタナス・モクス、エンリケ・ペニャロサという2人の市長による、市民性と都市交通への投資の物語でした。世界ではボゴタの話が、「自動車交通への決別」とされています。

「収入では幸福度は図れない」と指摘する。米英が過去半世紀におこなった経済成長は、生活の満足度向上にそれほど寄与しなかった。
社会を幸福にするものとはなにか?過去10年間、この質問に対する答えを追い求める研究が盛んに行われるようになった。ボゴタのような場所に住む人々にはグッドニュースがある。「裕福さの実感(Feelings of well-being)」に影響するものとして、「収入(income)」と同程度に「ステータス(status)と社会とのつながり(social connectedness)」があげられている。裕福な人々は貧しい人々よりも幸せだが、収入に大きな格差のある社会は概して幸せがすくない。友人関係や家族関係や近所づきあいの多い人は、そうでない人に比べ幸せである。
「世界の都市で都市空間を計画したり建造したりしている人々が、私用自動車攻撃に拍手を送っている」という事実が、都市が大きく変わる段階に来ていることを示唆するものだろう。さらに、ペニャロサ氏は、北米の都市はボゴタのような貧困都市以上の非常に大きなチャレンジに直面している、と指摘している。そのひとつの例としてあげられるのは、(北米都市が)広範囲な土地を高速道路でラッピングしているように思えるほどに多額の投資をしていること。


個人の自動車がなくてもがれきはなくせます。
個人の自動車がなくても、学校に通えるように考えを変えるのが、求められているのではないでしょうか?少なくとも、そういう発想の転換が求められているのではないでしょうか?古館さん?



追記:6月2日の夜
幸せとは何か? NHK クローズアップ現代 でやっていました。
けれど、
「個人の幸福」ではなくて「行政サービスの、しかも個別のサービス別満足度」の話にすり替えられていました!
こちらへ

|

« 原発避難仮払い 人ではなく世帯なのは という質問で 海江田大臣 「地震の時は世帯」というのを例にだしました | Main | どうして、牛を飼っている人に避難を促すのに、避難する側が自分で探さないといけないのでしょう?どうして、いつまで避難するのがわからないのに、荷物を置いたままだし、荷物運びをすぐに手伝ってくれないのでしょう?賠償の話だけなんですけど・・・ »

自動車以外のことを発想しない街づくりを当然とする人たち」カテゴリの記事