索引:スペシャライズド バイシクル コンポーネンツ
(Specialized Bicycle Components)


写真はマイクシンヤードさん (cnn.com)
スペシャライズド創業の物語
Merida_specialized_topkey

MartecではOrbeaオルベア、Specializedスペシャライズドにカーボンフレームを供給している。MartecのWebサイトには掲載されていない。(2006年情報togoparts.com) ⇒こちらの情報もあります。フレーム供給が一社だけからとは限らないとちゃまも思います。

2010年7月6日 美利達の国際ブランド経営術 - MERIDA、SPECIALIZED、CENTURION 3ブランド体制 ⇒2010.8.23から+MIYATAで4ブランド体制

美利達工業(MERIDA)は1972年創業。初期の経営では、ヨーロッパやアメリカの自転車ブランドのOEM(代工)だった。1980年前後TIラレーのラレーブランド低価格車はメリダのOEMで、1980年には、ラレーとの合作で「來禮(られー)」ブランドも台湾販売。創業15年後、1988年、美利達は自身のブランド(自有品牌)「MERIDA」の出発地として北欧のノルウェー(挪威)を選び、OEM品と自社ブランド品を並行してはじめた。2000年に、美利達のアメリカの大顧客「Specialized」が財務危機となり、3ヶ月で買収合意。美利達は台湾のブランド(MERIDA)で新しく始めるよりも、アメリカ市場で名声鳴り響いているカリフォルニアブランド「Specialized」を継続するほうが、有意義と考え、経営陣は、株式投資を49%までと決定、共同経営(合資模式)とし、ここから、美利達2ブランド体制での経営時代がはじまった。

今現在(ミヤタ出資以前の2010年7月6日)、美利達には3つの主要ブランド(三大品牌)がある。MERIDA、Specializedそして Centurion。それぞれに販売地域と販売層がある。 美利達の売上構成比: MERIDA:35%、Specialized:60%、Centurion:3% MERIDA商品ラインはすべてをカバー、主にヨーロッパ市場を攻める;Specializedは北米第2位の自転車ブランド;Centurionはドイツスタイルデザインを強調し、主に高価格市場を攻める。そのなかでMERIDAとアメリカブランド(持株35.5%)が自転車売上の35%と60%をそれぞれに占めている。ドイツのCenturionはヨーロッパの比較的高級なマウンテンバイクブランドという位置づけで、約3%を占める。

ちゃまの勝手な推測

スペシャライズドは2000年頃、美利達が出資しました。当初49%と上の『美利達の国際ブランド経営術』には書いてありますけれど、現在の出資割合は30%とのことです。ミヤタと一緒です。どちらも少数株主です。では大株主は誰なのでしょう。スペシャライズドの会社としての意思決定をしているのはだれなのでしょう?

上の美利達の情報では美利達売上比率としてスペシャライズドブランドでの販売が60%と、一番です。その1番の売上のブランドであるのに、美利達は少数株主のままなんです。そんなこと、会社の安全を考えればありえませんよね。

たとえば、マイクシンヤードさんの方がたくさん持っているとか、いえ、シンヤードさんも株を手放したとか、いろいろいわれています。でも、美利達が少数株主で、一見、意思決定権がなさそうなのに、一番、スペシャライズドに依存しているなんて、そんなことがあり得るのでしょうか?

ここで考えられるのは、美利達が間接的にスペシャライズドを支配している可能性です。

たとえば、マイク・シンヤードさんに個人的に資金提供してマイク・シンヤードさんが株を持ち続けられるようにしている。。。。とか。

しかも、マイク・シンヤードさんに個人的に資金提供しているのは、美利達が資金提供しているある投資会社だとしたら・・・・。美利達とマイク・シンヤードさんとの間に資金の流れはみえなくなります。

ミヤタサイクルも美利達30%出資です。残りは、いままで100%を持っていたモリタが70%といわれていました。

これも同じように、モリタ側に資金提供があったり、別途、取引がある可能性も考えられます。

⇒いまメリダの持株比率はスペシャライズドもセンチュリオンも51%ということです。ミヤタは30%

マイク・シンヤードさん(Mike Sinyard / Michael Sinyard)スペシャライズド創業者で会長兼CEO

マイク・シンヤードさん スペシャライズド創業の物語 2008年5月16日 CNN Money 1972年に卒業した後、ボクはヨーロッパを自転車旅行することにした。旅の資金を手当てするのに乗っていたフォルクスワーゲンバスを1500ドルで売って。3ヶ月間の旅で、アムステルダムからミラノまで自転車に乗った。ホステルで出会ったスイスの女の人が自転車乗りの話を始めた。彼女はイタリアの自転車乗りを数人知っていて、会いたいなら、カンパニョーロとチネリの重要スタッフにあわせてくれるといった。イタリアの2大自転車製造者だ。そのときのボクはジーンズ2本とセーター1着で数ヶ月間洗濯もせずに旅していた。だから、残っていたお金でスーツを買って、変なやつと思われないようにした。伝説のコンポーネントメーカー(コンポーネント職人)、チノ・チネリさんと対座したときは、彼にボクはアメリカのトップライダーたちみんなと知り合いなんですと少し誇張を交えて話した。ボクは彼の商品のすごさ、ボクがどんなに憧れているかを話すと、彼はそれを受け入れてくれたようだった。そして残っていた1200ドルで買えるだけのハンドルバーとステムを買った。アメリカでは手に入らない異国の商品たちだった。サンノゼに戻ったときは一文無し。トレーラー(リヤカー)に商品を積み込んだ。濡れないように・・・つづき

re-cycle.com (アメリカの)自転車の歴史 マイケル・シンヤード(Michael Sinyard)が参入した。確かに自転車のエンスージアストだが、マウンテンバイクシーンにおける最初の真の事業家だ。シンヤードは大学で古い自転車を磨きなおして再販していた。1974年にイタリアの製造業者のレジーナ(Regina)とチネリ(Cinelli)から新品の自転車用パーツを1300ドルほど発注した。これを移動車両兼住宅(モバイルホーム)で回って地元の自転車販売店に再販した。これはトレックのベビル・ホッグ(Bevil Hogg)のやり方と同じだった。その数年前に、ベビル・ホッグ(Bevil Hogg)はフランスのパーツを輸入し、そのやり方で販売して回っていたのだった。1976年にシンヤードはスペシャライズドバイシクルコンポーネンツ(Specialized Bicycle Components)で1 1/8インチサイズのロードバイクタイヤを販売するようになった。極細ホイールの高圧タイヤが注目となり、スペシャライズドの名前がアメリカの本格派自転車乗りの間で真のブランドとして認識されるようになった。(中略)1980年、フィッシャーとリッチーはMountainBikeを160台販売して市場の85%を押さえた。しかしシンヤードは年300万ドルを売り上げ、この成功を糧に、急成長しているマウンテンバイク界に参入してきた。1980年になってシンヤードはフィッシャーとリッチーのMountainBikesに自転車4台を発注した。小さな自転車会社には巨大な発注だ。シンヤードはこれを一夜にしてコピーした。1981年、シンヤードはスペシャライズド本社でスペシャライズドスタンプジャンパー(Specialized Stumpjumper)を発表。特許を取得せず、商標(トレードマーク)も取得せず、ビジネスの世界とは縁もゆかりもなかったため、フィッシャーとリッチーにはほとんどなにもできなかった。1982年2月、スペシャライズドは20日間でスタンプジャンパー500台を販売。これはまだ、シュウインが販売業者(ディーラー)を夕食会に招待し、年間1000台販売を要求していた時代の話。パワーシフト(力関係の移り変わり)がすでに生じていた。 (中略)その一方で、マイケル・シンヤードはマリンカウンティでの最初のクランカーズ(clunkers)の一人ではなかった。スペシャライズドは90年代半ばで1億7000万ドルの売上だ。これは伝説のシュウインを上回る。シンヤードの会社の公式モットーは「イノベーション(前向きの変化)か死か(“innovate or die”)」。シンヤードと彼のところのデザイナーはモーガンヒル本社での昼食時、毎日!25マイルトレールをしているといわれている。その結果、シンヤードは最高のデザイン、最高の品質の製品を手にしている。スタンプジャンパーはマウンテンバイク界で最高(end-all-be-all)であり続けている。中価格帯のロックホッパー(Rockhopper)はエンスージアストに売れている。ロックホッパーに手が出ない人でも、すくなくともハードロック(Hardrock)でスペシャライズドの名前の自転車に乗ることができる。

『最初にフラットタイヤを履いたメジャーな自転車はスペシャライズドの1982年StumpjumperとUnivega Alpina Proでどちらも日本製。カリフォルニアのサンノゼのSpecialized Bicycle Imports。そしてカリフォルニアのロングビーチでUnivegaの親会社でBen LaweeがやっていたLawee Inc. 』 業界の基本:Univega ユニベガ

嗜好が変化しはじめてもシュウインは変われなかった。重くて動かすのに力のいる自転車を数十年間もの間、主力製品として変わらず大量生産し続けた。「耐久性は?あります。永遠に長持ちする?保証します。」ジェイ・タウンレイ、業界コンサルタントで前シュウイン役員はいう。「顧客要求をとりいれた?いいえ。」

マングースなどのライバルは新たに出現したBMX市場などで開拓者となった。スペシャライズドやトレックなどの新参企業がマウンテンバイクを提供しだした。業界の基本:2004年記事 道で大変なバンプに遭ったシュウイン

スペシャライズドが寄付? 2010.7.1

スペシャライズド台湾 会社紹介と求人

リッチーのタイヤは日本製IRC(井上ゴム)と台湾製Chen Shin。トムリッチーが最初のソフターラバー”低密度”コンパウンド マウンテン競技市場向けに投入した。これがWCSでWorld Championship Series。スペシャライズド、マイケルシンヤード、スペシャライズド創業者1992年に自分がデザインしたタイヤのトレッドデザインを日本の三ツ星ベルトでつくった。スペシャライズドのタイヤでWanted, Wilderness Trail Bikesのデザインは台湾のChen Shin Tire Companyがつくった。タイオガブランド名はOriental Boeki (オリエンタル貿易:ロサンジェルスにオフィスがある)という貿易会社が使った。日本の三ツ星がつくったタイヤはMarui Limitedが流通させていた。 業界の基本:Tioga(タイオガ)、Marui(マルイ)、Oriental boeki(オリエンタル貿易)

業界の基本:わたしの自転車はどこでつくられたの? あるいは、だれがわたしの自転車をつくったの? Specialized スペシャライズド - 1974年にマイク・シンヤードが設立。デザインとマーケティング指向の会社として長期に評価を得ている。 7年前に台湾の製造会社のメリダが主要なスペシャライズド株を買った。スペシャライズドはマイク・シンヤードが率いてカリフォルニアに本社を置いているが自転車製造はすべてアジア。主にメリダ、アイデアル、ジャイアント。

業界の基本:だれがだれを持っているのだろう 2003年3月末時点 「メリダはスペシャライズドの少数株主。マイク・シンヤードは大部分を放出したから彼らは会社をコントロールできないだろう。」

iPod修理屋さん 元エクセター(Exeter)、Rio Marui マルイとマイク・シンヤード(スペシャライズド) まったくの偶然だが、(iPod修理を依頼してきたある人は)エクセター(Exeter)自転車に乗っていた。それはボクがここサンタローザで自転車店「ザ・ペダルプッシャー」をやっていたとき、1980年代中頃に輸入したその自転車だ。その当時、Rio Maruiの "Marui Limited"を通じて自転車を輸入していた。"Marui Limited"は輸出業でシマノの自転車部品・釣用具のアメリカへの独占輸出業者だった。Maruiはその他三ツ星タイヤの輸入や自身のブランド"Tioga"も手がけていた。自転車販売以外にも、スペシャライズド向けの日本製自転車の輸出も手がけていた。(実のところ、Maruiはエクセターシリーズのアートワークの見栄えはよく思っていなかった。スペシャライズドのオーナー、マイク・シンヤードにどのアートワークがいいかとプレゼンした時、これを"too specialized"といっていた。 マルイ(Marui) タイオガ(Tioga) オリエンタル貿易(Oriental boeki)もご参考に

Wilderness Trail Bikes(ウイルダネストレイルバイクス:WTB):WTBはサンツアーをグリースガードBBのメーカー(製造)とセラー(販売)として使っていたが、サンツアーが自転車業界から永久に去ってしまい、WTB はサンツアーのつくっていたものに近いものでやりだした。WTBは日本の大阪の丹下でこのボトムブラケット(BB)をつくるようになった。(われわれの理解では、Marui Ltd. が丹下の独占輸出代理店(エージェント)。WTBとMaruiとの関係はたぶんスペシャライズドの部品をデザインしたときに始まったと思う。Rio Marui がスペシャライズドの創業期その1歳から12歳までの間に特別の手助けをしたことはとてもよく知られたことだ。

業界の基本:最初の量産MTB それは日本製スペシャライズド: 1985年の雑誌Knobby News記事画像に、

スペシャライズド・バイシクル・インポーツをやっていたマイク・シンヤードがリッチー車を一台、日本に持っていって、メードインジャパンステッカーを貼ったリッチーとして複製するとしたらいくらになるか・・・・ということで、ほら!スタンプジャンパーの誕生
1981年モデルは推奨小売価格は725ドル、1985年モデルになると499ドル。1981年ではサンツアーの低価格ARディレイラーが85年ではシマノのデオーレXTでスムースとも。

ドレルのキャノンデール買収で歴史に学ぶ スペシャライズド マイク・シンヤードさん宛メッセージ Bike Radar 2008年3月20日

「マイケルは会社に多大な影響を及ぼしている」というのはスペシャライズドCEOマイク・シンヤード。「父親と密に動いているからその間に線引きすることは難しいけれど。」 メリダ二代目マイケル・ツェンさん社長就任に際して 2002年4月1日 バイシクルリテーラー

ボブ・マーゲヴィシャスさん(Bob Margevicius / Specialized)

業界の基本:BPSA バイシクルリーダーシップコンファレンス 2010 米国業界の開かれた懇談会

最初に『食事会ではディスカッションを行いながら人的ネットワークが築けます。』という勧誘で写真が掲載されています。写っているのは、デイブ・ハンソンさん、ボブ・マーゲビシャスさん(スペシャライズド)、ジョン・ニュージェントさん、スティーブ・フラッグさん、マリー・ヘンリックソンさんという方々です。

ボブ・マーゲビシャスさん(Bob Margevicius / Specialized)はスペシャライズドのナンバースリーでBPSAの安全委員会とりまとめ役。BPSAの理事なので主催者側の人です。 70年代にはNishikiやCenturionを企画販売していたWest Coast Cycleにいました。日本のかつてのメーカー関係者に知古も多いことでしょう。マーク・ピピンさんの話、2004年には万里の長城マラソン8位、2008年、ニュージーランドに移住してやめるのじゃないかとうわさされました。でもこの年台湾Aチームメンバーに入っています。米国人初だそうです。(日本人では台湾に移転したサカエの小林さんがAチームメンバーです。)。F1247646660461 2009年3月には逢甲大學で講演「The Secrets to Specialized Bicycle's Success」。リンク先には大きな写真がたくさんあります。聴講者は満員ということではないようですが、業界関係者なら聞きたかった人も多いことでしょう。もしかしたらこれだけ露出の多い方なので日本の業界でもいくつも講演をしていらっしゃる気がします。

2009年3月20日 Robert B. Margevicius客座演講 The Secrets to Specialized Bicycle's Success 國際經營管理碩士學位學程

2008年5月14日 Specialized Has Secret Ambassador in Asia 「スペシャライズドは秘密大使をアジアに送り込む」 11日間のツールド台湾で「A-Team」に参加

2008年1月16日 ニュージーランドに移住 会社の業務はフルタイム継続

2004年5月27日 台湾の学校で講演 The Secrets to Specialized Bicycle's Success 「スペシャライズドバイシクルズの成功の秘密」

2002年4月1日 台北自転車展示会でバイシクルリテーラー&インダストリーニュース記者がメリダ2代目マイケル・ツェンさんについて書いた記事で「2人の間はかなりダイナミックなもの」というのはスペシャライズド専務のボブ・マーゲビシャスさん。「アイクは工学系出身であり、一方マイケルは経済知識に優れる。互いの弱みを補っている。」

自転車コンポーネント製造会社FSAの台湾新工場移転を報じる英国bikeradar誌2009年12月情報 「1100人以上が開業式典に招待された。スペシャライズドのバイスプレジデント、ボブ・マーゲビシャス(Bob Margevicius)。Cycleurope COO兼ビアンキCEOのボブ・イッポリート。台湾自転車輸出協会のインミン・ヤン(Ying-Ming Yang )。」

「中国にいる間、スペシャライズドのVP(バイスプレジデント)、ボブ・マーゲビシャスが教えてくれました。中国の複雑な規制の内情。なぜスペシャライズドがフルフォース(Full Force)ブランドを世に出したのか。Costcoコスコ(コストコ)がどうして8%のマージンで自転車を扱えるのか。スペシャライズドがなぜ台湾資本のベンチャー企業と組んでいるのか。」 スタンフォード大学機械工学 学部生アンディさんの広い視野と実践的かつ世界的な幅広い学生活動で・・・中国ではスペシャライズドのマーゲビシャスさんからご教示 (学部紹介に掲示されている代表学生のエッセー

自転車ビジネス ダン・エンプフィールドさん スロートゥイッチ2002年9月10月 <<プロダクトマネージャーについて最後にひとこと>> プロダクトマネージャーというのはコンポーネント工場、フレーム工場、サブアセンブリー工場などからの接待攻勢にあっていることだろう。確かに、君もトレックのジョン・バークやキャノンデールのスコット・モンゴメリに会食をふるまうことができる。そう、彼らは接待される会社側だけれど、しかし、それでも彼らは自社のプロダクトマネージャーにスペック決めや工場決定を遅らせるよう指示できる。だからこそ、ジョー・バデボンクールは、自転車業界で最も実権をもつひとりといえるわけ。スペシャライズドのボブ・マーゲビシャスもそう。ライバル(counterparts)のキャノンデール(C'dale)、ジャイアント(Giant)、ラレー(Raleigh)など他もみな同じ。これに等しい力を持っているのは台湾のエージェントだけで、こういった自転車業界「ベルト地帯」の中の人たちでさえ、自分がどの程度の力を持っているのかについては本当のところわかっていないし、どのくらいの富を創り出しやり取りしているのかについても真には理解していない。これ以上はまた別の回で。(注記:マーゲビシャスは自転車業界では別名キングオブスペックといわれる人物。スペシャライズドの調達のトップとしてここ数年間働いている。)

「フロントサスペンションモデルが販売好調で、月別平均販売単価も安定。ハイブリッド、フロントサスペンションの購入者はガソリン高騰を受けての荷物運搬用途じゃないかと考えているんです。」とスペシャライズドの自転車事業担当専務(上級副社長executive vice president)ボブ・マーゲビシャスさん。スペシャライズドも含めて業界ではカーボンファイバー仕様が増えているためフルサスペンションバイクの平均売価は急激に上昇するとみている。平均売価は対前年度比6月度で14パーセント増の993ドルから1132ドルに上昇。前期の平均売価も高騰し11%を超え992ドルから1,098ドルとなった。(中略)「購買パターンが変化していると見ている。サプライヤー側が翌年のモデルを仕込むのは5月、6月、7月、8月で、ブランド側と小売側と双方にとってこの時期が一年で一番重要。」とスペシャライズドのマーゲビシャス。業界の基本:アメリカの自転車売上状況 2006年前半 舗道自転車(Pavement bike)の堅調

スペシャライズドとクラスアクト(Class Act) スペシャライズドフレームのクラスアクト以外での再塗装は保証対象外 2009年の掲示板情報

カナダへの自転車輸入時のアンチダンピング課税、カナダに輸出している台湾中国の自転車会社 2008年7月

「1980年代のジャイアントの小売店へのアピールはこのようなものだった。「私たちはシュウインとスペシャライズドの自転車を作っている会社です。同じ品質をもっと安い価格で販売できます。」 」 スキップヘス米国ジャイアント社長就任を報じる米国自転車業界ニュース(1999年3月11日付)で

「Univega Specilissimaはユニベガのグランドツーリング(GT)は、(同じ)1980年代中期の日本製モデルのセンチュリオンプロツアー(Centurion Pro Tour)、フジ・ツーリング・シリーズV(Fuji Touring series V)、ロータス・オデッセイ(Lotus Odyssey)、ミヤタ1000(Miyata 1000)、スペシャライズドエクスペディション(Specialized Expedition)などと同等レベル。」 米国のミヤタファン、T-Marさん情報

2010年6月30日 コンシューマーリポートのお勧め自転車 250ドルもかからずにいい自転車に乗ることができます。コンシューマーリポートのフィットネス部門のトップがFuji 3.0 - 700cタイヤでフラットハンドルの自転車。「Giant Rapid 3(ジャイアントラピッド3)」や「Specialized Sirrus(スペシャライズド シラス)」が次点。

「スペシャライズドの主要供給業者(製造元)でもあるメリダの7月売上は14%の落ち込み。10億台湾ドル(3170万米ドル)。2009年7月は11.8台湾ドル(3700万米ドル)。今年度現時点(7月末)までの売上は60億台湾ドル(1億8900万米ドル)。昨年同月比50億台湾ドル(1億7460万米ドル)。 前月比でも減少は生産の遅れによるコンポーネント出荷遅延によるものと推定される。これは今秋末には改善されると見られる。今年は自転車生産も通年より早期に生産されると見られる。」 台湾ジャイアント、メリダ、アイデアルの7月までの売上。アイデアルは約1年の販売下落が2010年7月で販売が上向き (ASI(アドバンストスポーツ)のブランド、キャノンデール、パシフィック、BMC、エディメルクスの製造元) 2010年8月18日 バイシクルリテーラー誌

ドレルのシュウイン 新しいシュウインのブランドイメージ 大金を投じた2010年4月からのシュウイン宣伝を報じる記事で「シュウインはウォルマート、Kマート、ターゲットといった量販店で販売している。ハフィー、トレック、スペシャライズドといったブランドとも競合している。」 シュウインはベルでブランド再生を狙う 2010年4月22日

スコット時代のシュウインで製品企画のトップとSRAMを経験した現Trekボントレガー担当のマーク・ピピンさんはこういっています。 「ダニー・ステロ(Danny Sotelo)がタイオガを辞めたとき、ぼくはタイオガのマウンテンバイクのものをすべて担当することになったというわけ。宣伝もマーケティングもすべてね。トレックやスペシャライズドへのOEM販売もやっていたし、シアトルバイクサプライ(Seattle Bike Supply)と一緒にショーグン(Shogun)シリーズもやっていた。シアトルバイクサプライはタイオガブランドの親会社だった。」(「TiogaやShogunは神戸のマルイのブランド」らしいです。ということは、シアトルバイクサプライSBSとマルイは旧知の間柄ということになります。70年代から日本の自転車メーカーは日本の自転車商社を通じてアメリカ西海岸の輸入メーカーを通じてブランドとして自転車販売してきましたから。そのとき作られたSBS以外のブランドにはユニベガやセンチュリオンなどもありました。これはどこの商社が絡んでいたのでしょう) ⇒ マルイ(Marui) タイオガ(Tioga) オリエンタル貿易(Oriental boeki)もご参考に

スコットモンゴメリは、アメリカでのスコット(社)ブランド確立のために、デュラエース装備のシリーズ最高峰CR1で取扱業者(ディーラー)に足がかりを築こうとした。CR1は軽量さが売りだった。同じ先進性を誇ったGenius MTBはアメリカで販売できなかった。スペシャライズドが特許訴訟を起こし争うことになったからだった。当然サスペンションで。====問題箇所は1991年にHorst Leitnerさんが開発したHorst Linkというチェーンステイ後ろ端の後輪ドロップアウト下の接続稼動部(リンク)。リアブレーキをかけていてもサスペンションが効くという点でこの特許が重要。1998年5月にスペシャライズドが(アメリカでの)特許買収。ヨーロッパでは関係なかったし、アメリカでは販売していなかったのでスコットはこれで十分ビジネスできていた。米国参入後、1年半の長い法廷闘争でスコットがあきらめた。スコットUSAの自転車事業のトップ、キャノンデール創業者の息子さん、キャノンデールマーケティング担当副社長だったスコットモンゴメリさんへのインタビュー BikeBiz2009年9月

「パシフィックサイクルはアジアソーシングを早くから手がけた第一人者の一社。現在では、業界のほとんどの会社がその全体を国外に移管している。主な競合企業には Huffyハフィー, Dynacraftダイナクラフト, Trekトレック, Giantジャイアント, Specializedスペシャライズド、Raleighラレーがある。」(ドレルの2007年3月30日SEC提出年間報告書記述

パークの話では、彼は量販店は確かにパシフィックの低価格を掘り起こしてくれるだろうという。パシフィックがやり遂げれば、専門店には「心痛の世界」を意味するし、それはシュウイン競合の何社か、トレックとかスペシャライズドにとっても同じことになるという。Schwinn シュウイン 2002年8月 パシフィックが量販店へ

フランス人が思い浮かべた自転車ブランドとは 2008年

2004年 ラレーアメリカ(本社ワシントン州ケント)、2月23日、CEOビル・オースチンさん(Bill Austin)が社長兼COOとしてSpecialized USA(スペシャライズドのアメリカ国内販売会社)の社長さんだったSteve Meinekeスティーブ・メインケさん(51才)を採用 2004年3月1日付け。 さらに、11月にはマーケティングトップがスコット、スペシャライズド経験者のReed Pikeリード・パイクさんが、ラレーとダイヤモンドバックのマーケティング担当役員に就任。スコットUSAの営業、Schwinn シュウインの営業、Specializedスペシャライズドのマーケティングと品質管理の経験もあり。

2011.1.17 スペシャライズドジャパンのヘルメット贈呈 朝日新聞

台湾2010年 業界は軌道に復帰 bike-eu -西側のブランドは台湾のリスク市場に平和を得たがっている

旗艦店舗が流行りだ。リーダー格のジャイアントが台湾市場で自身のGiant店舗コンセプトを導入したのは台湾で自転車販売のブームが起こる前だった。メリダ、そしてその他自国市場の製造者(KHSなど)がこれに続き、ブランド小売専門店舗をオープンさせた。現在、西側ブランドのいくつかもこの流れに乗った。2009年、スペシャライズドが初のコンセプトストアを台北に、2009年9月には台中に設け、オルベアは2009年7月に台北に設けた。チェコのAuthorも台中に旗艦店を設けた。

カナダへの自転車輸入時のアンチダンピング課税、カナダに輸出している台湾中国の自転車会社 2008年7月

1980年代中期の日本製モデル - Univega Specilissimaはユニベガのグランドツーリング(GT)のトップモデル。1980年代中期の日本製モデルのセンチュリオンプロツアー(Centurion Pro Tour)、フジ・ツーリング・シリーズV(Fuji Touring series V)、ロータス・オデッセイ(Lotus Odyssey)、ミヤタ1000(Miyata 1000)、スペシャライズドエクスペディション(Specialized Expedition)などと同等レベル。この頃からフレームはほとんどミヤタ製。ミヤタはスペシャライズドも、もちろん自社ブランドモデルも作っていた。だから、(ミヤタとミヤタが作ったユニベガは)高い製造レベルと思っていい。