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リカルド・モンテズマ博士 
ボゴタ 
環境問題への取り組み コロンビア、ボゴタの変容 , 1995-2000: 市民性と都市交通への投資

リカルド・モンテズマさんという方が書いたものです。 リカルド・モンテズマさんは『人間的都市財団(Fundación Ciudad Humana http://www.ciudadhumana.org/ )の理事長兼グローバル都市開発のアドバイザリーボードメンバー。Transmilenioバス高速交通体系の理事会メンバー。Cicloviaなど数冊の著者。』と最下部に紹介があります。コロンビアの首都ボゴタは10年ほどで社会を変えたまれにみる成功例と紹介されています。自動車で溢れかえっていたボゴタで自動車を制限して他の交通手段によって都市活性化を果たしたということです。この文章は、それがどのように作られたかが概観できる優れたものだと思います。 インフラを整備すること以前に市民としての意識改革が行われていたことが大きな成果につながったようなのです。 他の交通手段というのはバスを利用した新交通システム、自転車活用、歩道の整備、などのようですが、自転車なら自転車だけ、バスはバスだけ、新交通システムならバスだけ、BRTだけと、一部だけを切り出して、それで評価されていると紹介されることが多いように思えますが、この文章を読むと、そうではなく、都市のあるべき姿、都市の機能デザインから来る話で、一部だけを切り出しての紹介では誤解を生んでしまうと感じました。 原文がスペイン語のようですが、ちゃまはそれを訳した英語の文章を読んだだけです。 いつものように、自分の理解のために、日本語に訳してみました。 かなりいい加減な部分があります。適宜修正していこうとおもっていますが、できましたら、英語文でほんとうのところを確認してください。スペイン語原文すぐに見つけられていません。 以下の文は英語文を読む動機づけ、ご参考と位置づけてご覧いただけると幸いです。(右脇などにある点線で囲った部分は、ちゃまがネットなどで参考にした情報です。また文中にシクロビア自転車道の紹介のためYouTubeビデオを一つ割り込ませています。)

不思議なこと:この際、いくつか他の情報も調べました。日本語情報では、『日本のJICAがボゴタのトランスミレニオ建設に貢献した』という意味の文章をいくつか目にしました。中には、『日本がトランスミレニオ建設を提案した』という意味で紹介されているものもありました。でも、この文章では、JICA提案はヒントの一つになったようですが、『トランスミレニオ建設に貢献した』とは思われていないようです。英語で書かれた他の紹介などでは、ベースとなったのは当文章でも触れられているブラジルのクリチバなどとされ、日本の貢献という文章は日本語でしか目にしません。日本では新しい神話がつくられているように思えるのです。これについては別に書きます。(JICA:独立行政法人国際協力機構。JICAは普通(日本では?)「ジャイカ」と読みます http://www.jica.go.jp/ 現在のJICAは2003年からのものです。この提案時1990年代は特殊法人国際協力事業団(無償資金・技術協力のため1974年設立、略称JICAは同じ)でした。その前身は1962年設立の海外技術協力事業団(OTCA))


英語原文 http://www.globalurban.org/Issue1PIMag05/Montezuma%20PDF.pdf
スペイン語原文は2003年頃執筆されたようです

Global Urban Development Magazine 2005年5月(英語)




環境問題への取り組み

コロンビア、ボゴタの変容 , 1995-2000:
市民性と都市交通への投資

Bogotá, Colombia

リカルド・モンテズマ Ricardo MONTEZUMA

都市交通(urban mobility)に注力してきたボゴタの近年の変容について記述する。コロンビアは深刻な経済危機と継続的な暴動を長年経験してきたが、ボゴタの首都構造は、空間的、社会的、政治的、経済的に、重要な変化を遂げた。

Ciudadano : citizenship

citizenshipについては

papref日記:常識の理由

市民性の育成と生涯学習 坂口緑(日本生涯教育学会 生涯学習研究e事典))

第一部では、アンタナス・モクス(Antanas Mockus)市長の行政手腕について紹介。モクス市長は市民性(Ciudadano)の啓蒙・啓発を推進した。これにより、市民は課題やその解決策について分析・理解するようになり、都市のあり方に関して市民が自分たちの考え方や行動を変える重要性について考えるようになった。 第二部ではエンリケ・ペニャロサ(Enrique Peñalosa)市長の行政手腕について紹介。ペニャロサ市長は多額の投資をおこなって数々の重要な都市基盤プロジェクトを迅速に完了させた。これは従来の都市モデルへのチャレンジだった。 最後の部で、都市交通、輸送、公共空間の将来を考慮する。





ボゴタの 空間的、経済的、社会的、政治的、変容

都市空間を見るとボゴタは変わったと実感できる。しかし、それだけにとどまらず、ボゴタの変容は市民生活のあらゆる面に対して実質的に影響を与えた。

空間(Space)
http://www.transmilenio.gov.co/

建設業界は深刻な危機状態だったが[i]、ボゴタは物理的な面でかなりの変容を遂げた。歩行者天国、道路インフラ(特に自転車専用通行帯設置)、公園や歩道の活性化、トランスミレニオ(Transmilenio)新交通システム(*)の導入。これらにより公共交通機関利用通勤が1割増えた。導入された交通システムには、その他に、バス専用レーン、新型バス、常設(固定)バス停留所(これはとても目立ち、場所がわかりやすい)なども含まれる。『トランスミレニオ』は、税収を投じ、中央管理で、私企業受注によるインフラ建設をおこなった。ピーク時間帯に素早く移動できる都市交通を目指して建設し、その結果、混雑緩和と平均通勤時間短縮を達成。“pico y placa”(ピコイプラカ:ピーク時間とナンバープレート)施策によりピーク時間の私的自動車利用を大幅に制限した。(* Transmilenio BRT/bus rapid transit system/バス高速通行系)

BRTの海外動向と課題
横浜国立大学教授中村文彦

兵庫大学PDF

社会(Society)

ボゴタでは近年、重要な社会的変化を行なった。国内の公共サービス(水道・電気・電話・ガス)の提供範囲が拡大され、貧困地区までカバーした。エンリケ・ペニャロサの市長時代(1998-2000)には、水道・電気の供給および316の最貧困地域への道路舗装に 1.3 trillion pesos (US $800 million)を投資。マージナライズド(周辺におしやられた人々)65万人が公共サービスのメリットを享受できるようになった。公共教育の資源(投資?)は倍増、学校に出席する若者が14万人増えた(3割増)。安全の観点では、暴動による死者が42%減った。これは市政レベルではもっとも重要な成功例となった。ゼロトレランス(寛容の一切の排他)などの抑制政策による強制からではなく、なによりもまず人々への教育の結果、自主的に達成されたものだった。さらに、アンタナス・モクスの行政下(1995-1997) では、多くの人のメンタリティ(心がけ)が変化し、シチズンシップ(市民性)が形成された。これによって、続くペニャロサ行政下でのシートベルトの義務化や自動車利用の制限などの法令化が可能になった。

経済(Economy)

モクス市長とペニャロサ市長の下で歳入と公共投資が増大した。

ボゴタでは1990年代末の数年で税収が倍増。内国債信用格付評価が格段に上がり、その結果、内国債(自体)が倍増した。公共関連業界総収入は1997年の1兆8830億ペソから2000年には3兆6920億ペソに増加した。 (英文翻訳時点での為替US $1.255 billion to US $2.461 billion)(2010年1月24日対ペソ856億円から1678億円に相当します)。

公共関連収益が好調に推移したため、ガソリン税収が増加し、脱税防止キャンペーンが実施され、不動産税は改訂され、いくつかの税制で複雑な体系を単純化し、不動産税評価額も社会インフラ整備投資のメリット享受を反映し増額され、また、公共サービス税の変更も行われた。加えて、トランスミレニオバスシステムの設置費用と運行費用の52%をコロンビア政府が拠出した。

ガソリン税が14%から20%に増税され、年30 billion pesos (US $20 million 2010年1月24日対ペソ1兆3642億円)。これがトランジット(道路網および公共交通機関)投資の原資。

脱税防止キャンペーンが功を奏し、市の歳入は1999年に62ビリオンペソ(2兆8000憶円)、2000年には70 billion pesos (US $41 million and US $46 million 2010年1月24日対ペソ3兆1833億円)。

不動産税改訂により不動産基本税が2年で40%増加。

ボゴタテレコム社出資分を減資して市は9700億ペソ(US $646 million 2010年1月24日対ペソ441億円)を手元に確保できた。

財務政策では市の維持運営費を大幅に削減することに成功したことが大きかった。これにより資金を投資に回せた。1994年まで予算の45%以上が市の基本的な維持運営に費やされていた。1992年には52%だった。これが1995年には減少でき、さらに1999年には全体の20%にできた。一方で設備投資は1992年に30%、1999年には75%と増加させた。

政治(Politics)

政治面では、有権者と候補者の双方の振る舞いに重要な変化があった。

有権者は従来政治階層と二大政党政治(バイパルチザンbipartisan politics)に対して反対を表明した。

モクス市長とペニャロサ市長は政治面での重要な変化に対応すべき時期だと悟った。モクス市長が引き継いだ前行政府は歳入増に成功し、さらに、最も重要な成果として、市憲章を変更し、市長の権限を強化していた。ボゴタの憲章はファイメ・カストロ市長(Mayor Jaime Castro 1992-1994)によって起草され、市長の市議会からの独立性をより高めた。それまでの市長は市議会と共同で市政を遂行しなければならなかった[ii]。加えて、モクス市長とペニャロサ市長は、主流政党の出身ではなかった。2人とも自身の行政メンバー選択において完全に自由におこなえた。自身が最適と考える人を任命できた。2人は行政チームメンバーのほとんどを若い大学関係者や若い専門家で構成した。腐敗を減らし、チーム効率を上げ、官民接点の品質を向上させた。(それ以前の行政チームは選挙で功績のあった政治家を任命することが慣習だった。(論功行賞))






熟考、1995-1997;市民性の啓蒙・啓発・教育

1994年10月30日、アンタナス・モクス・シビッカス(Antanas Mockus Sivickas)が得票率64%(492,389)で選任された。コロンビア自由党からの対立候補、エンリケ・ペニャロサ(Enrique Penalosa)の得票は30%でモクスの圧勝だった。

アンタナス・モクスはリトアニア人を祖先にもつコロンビア人で、1995年1月1日の市長就任時点では43歳だった。数学と哲学で修士を取得し大学で教鞭をとっていた。政治の経験はなかった。選挙キャンペーンでは“No P”no publicity, politics, party, or “plata” (money) を掲げた。選挙費用8000米ドルはコロンビアでは初の低コストキャンペーン。

モクス行政府の1995年-1997年地域開発計画「“Formar Ciudad”(市を教育する)」では以下を強く訴えた。

  • 市民性の啓蒙・啓発
  • 公共空間
  • 環境
  • 社会の進展
  • 都市生産性
  • 制度的正統性
日々の出来事 Oggi come oggi 2006年01月16日ボゴタの話が、DRの爆走都市のボゴタをNHKが放送する以前に、モクスさんの話を書いていた唯一の日本語記事でした。この方はイタリアのjacopofo.comをお読みになっての記述でした。これは大学生の卒論でした。この話、NHK放送したDRのドキュメンタリで実際の映像を見てはじめて理解できました。なぜって、大学の学長さんが、学生たちの目前で、しかも壇上で、お尻をだすって話が信じられますか?本当にあったのですね。しかも実際の映像まで!びっくりです。ところで、ちゃまは、ボゴタの交通の話を日本語の識者の話を読むごとに、日本の頭脳はだいじょうぶかなとおもうようになりました。なぜって、日本では大学の研究員の方や研究機関や政府機関でさえ、ボゴタ情報は日本からの一方通行の情報に基づいているものが多くて、「ボゴタの交通ハードウェアは日本の案が採用された結果だ」といわんばかりの、自画自賛状態だったからです。世界でいわれていることと日本の識者がいっていることが正反対なのです。どういうことなのでしょう?

モクス市長は市民性の啓蒙・啓発を定義した。 それは『習慣、振る舞い、行動、最低限の共通ルール』の集合であり、共同体意識を醸成し、市民間の協調を育成し、財産・伝統・市民の権利義務認識を共有しようとする意識を高めるもの。このテーマはモクス市長の行政の中心テーマで、教育プログラムを通じて相互尊重の精神に基づく新たな都市文化を築こうというものだった。

新プログラムでは、市民自ら都市生活での自身の振る舞いの結果を考えるよう促そうと、象徴的で挑発的でユーモラスなアクションを利用した。このプログラムは、特に飲酒に絡んだ暴力と花火による怪我を減らそうとする点においては、かなりの不満もでた。新法令では午前1時以降のアルコール飲料販売と花火用爆薬の製造販売が禁じられた。銃所有を諦めさせるキャンペーンも行われ、それぞれ花火81%、アルコール77%、銃92%という賛成票を得た。

モクス市長は、市民として熟慮し自ら律せられる都市市民性文化を育もうと、次のような内容の教育的なグループゲームを用いた。

  • 片面が赤色、もう一面が白色のカードを市民に配り、様々な行動に対して(サッカーゲームで審判が使うように)賛否を表明する時に使った。特に自動車のドライバーに対して。
  • 道路でピエロが、(パントマイムで無言で)自動車運転手に注意を促した。歩行者の横断を尊重するように示したり、シートベルト使用を促したり、ホーン音の乱用を最低限にするように促したりした。
  • 僧侶に扮装した俳優が、騒音汚染を熟慮するよう、人々を促した。
  • 住民発議:観光の推進。適切な納税。

ボゴタ居住者はこれらの施策を受け入れ、10段階で7の評価を与えた。61パーセントが市民教育が行政の最重要施策であると答え、96パーセントがこれら施策はさらに継続されるべきと答えていた。

Changing Social Behaviour: Public Policies in Bogotá, Colombia, 1995-2003 - Ismael Ortiz, Urban Observatory, Mayor’s Office –Bogotá, November2003

モクス市長行政府のもう一つの改革として、都市文化研究所(the Observatory of Urban Culture)がある。よりよい情報に基づいて行政府が意思決定をくだせるよう、市政に関わる組織や政策を分野横断的見地から分析評価することがこの団体の役割だった。都市文化研究所が有効に機能するようその初期は野心的な活動が行われたが、次第にそれらは減って、短期、中期、長期の研究プロジェクトになった。具体的には、行政府の方針や実働に対する市民の意見を吸い上げるためのアンケート調査開発、データベース構築・管理、文書センターの設立などがある。

モクス市長は、交通システムの監視を警察通報から交通局に移すことで腐敗に対応した。運行保安責任は(国家警察の配下の)都市警察に移管した。71%がこれを正しい意思決定と考えた。新制度は矛盾点が少なく整理され効果的なものと評価された。モクス行政府はまた官民癒着を断ち切るという重要な仕事に手をつけた。

1996年3月、電話アンケートで、住民が自動車制限を好ましく思ってはいないことがわかった。行政府は事あるごとにこの結果を繰り返した。逆説的だが交通渋滞は1990年代半ばには市で最も問題とされるべきと思われていた。制限目標が適切に説明されていなかったため、この集計は重大な誤りと考える人もいたに違いない。しかし、それよりも、世界中のほとんどの都市の市民は概して自身の自動車使用制限に対しては票を投じないものである。

ボゴタの交通に関して最終的に2つの調査研究が1997年に完了報告された。日本のJICAによるものとIngetec S.AとBechtel y Systraのコンソーシアムによるもの。日本のJICAはコロンビアの経済的な現実面に全くそぐわない解決案を提示した。自動車交通の拡大を提唱し、道路の多階層化をおこなう計画案だった。またフランス=コロンビアのコンソーシアムは地下鉄とバスを統合した交通体系を推奨したが、提案ルートに主要交通幹線が反映されていなかった。この調査研究目的が交通基盤整備に費やされる莫大なコストを正当化するためのマーケティングに見えた。いずれのプランも実施されなかった。しかし、いずれもがまた、ペニャロサ市長の行政府がTransmilenio構想を形作る上でのアイデアを与えてくれた。

モクス市長がコロンビア大統領立候補のために期を全うせず一年早く辞任した時に市長の評判が下がった。ボゴタ市民はこの政治的行動を裏切りと感じた。辞職時、市民の74%が「任期中、都市生活で目を見張るような向上はなかった」と答えている。






行動、1998-2000:大規模公共工事への投資

1997年、人民党(populist)のカルロス・モレノ・デカーロを破り、エンリケ・ペニャロサが48%(619,086)の得票率を得て政権についた(デカーロ得票31%)。エンリケ・ペニャロサは独立系で立候補した。市長就任時43歳だった。ペニャロサは、ボゴタの属するクンディナマルカ県の県議会自由党代表、1986年から1990年までコロンビア大統領ビルヒリオ・バルコ(Virgilio Barco)の経済大臣、1990年には国会議員、1995年(1994?)には市長候補といった経歴を持つ。1997年に市長に選出されたが、これは大衆迎合的な対立候補への反対票を集めることができたから。

エンリケ・ペニャロサは経済、歴史、行政を学び、大学で教え、米国のコンサルティング会社アーサーDリトルの役員を務めた。彼の企業経営スタイルは(女性も多い)若いチームを組ませ、彼ら自身に意思決定権を与えるもので、これにより迅速な完了を促した。

ペニャロサ市長の1998-2000地域開発計画“Por la Bogota que Queremos(私たちの望むボゴタのため)”で以下の優先順位付けを示した。

マージナライズド:
社会の周縁に押しやられた人々の意:放っておかれる人々:主流ではない人々;世界の各地域によってその実態はすこしずつ異なる。ここでは「含、低収入、非公式労働者、非公式居住者」と注がついている。日本でも、いろいろな境界がある。国籍、収入、定住、外国籍、非就労、などなど
  • マージナライズドの開放(De-marginalization) 「含、低収入、非公式労働者、非公式居住者」
  • 社会統合
  • 人類規模の市(シティ)
  • 移動性(モビリティ)
  • 都市性と公共サービス
  • 市民間での安全と調和
  • 制度的効率性

ペニャロサ行政では主要な公共投資プロジェクトを強調

  • 大規模交通体系の統合
  • 道路の建設と維持
  • 市立公園体系の質的向上と量的拡張
  • 市立図書館の質的向上と量的拡張

ペニャロサ市長はボゴタ居住者を招待し、別の都市を想像してみてほしいと要請した。「現時点でユートピアに思える街、木々、自転車、美しい歩道、たくさんの公園、きれいな川の流れ、湖、図書館があり、清らかで、平等主義の街・・・・」。市長はボゴタ居住者が想像したものはなんでも作ることができると言ったが、居住者たちはそのプロジェクト完了までは疑念も抱きつつ見守っていた。

公共空間や公共交通はペニャロサ行政の主要な位置づけにあった。ペニャロサ市長の平等な市という概念は、市民が高い品質の公共空間を享受できる場所という意味をもち、1999年時点でもその実現はまだ不可能と思われていた。歩道への自動車の駐車を防止するバリアの設置といった彼のプロジェクトの多くが強い反対にあっていた。この駐車習慣は市全体に恒常的に行われていたが、歩行者にとってはとてもやっかいなものだった。店の前の歩道部分を自分の事業のための駐車場所と考える店舗経営者はこのバリア設置に対して怒りを持って反応した。ペニャロサにはほとんど不可能と思われた。(最終的に)公共投資プロジェクトが実現した時にペニャロサ市長の人気が上がり、任期末期の新聞によるアンケートではボゴタ居住者の40%がエクセレント(最高)と評価した。

20世紀のさまざまな行政府を比較してみても、ボゴタほど交通と公共空間に対して多くの施策をおこなったところはない。ペニャロサ市長の最も力を入れた施策は以下の課題に対するものだった。

  • 公共交通の促進
  • 私的自動車利用の制限
  • 自転車道の量的質的拡張
  • 公共空間の拡張

ペニャロサ市長によるプロジェクトの大半は任期中(1998-200)に完了/開始/契約された。ペニャロサ行政府は開発計画の当初計画分のほとんどが完了に至ったと表明。しかし、市地下鉄システムプロジェクトは数少ない例外の一つ。ペニャロサ市長の大量輸送統合システムには『固定』(地下鉄のこと)と『柔軟』(Transmilenioトランスミレニオのこと)の2つの要素が含まれている。

公共交通に関してペニャロサ行政府は『2000年12月31日までに新体系を構築する』という明確な目標を掲げた。ペニャロサ市長は行政外にチームを組織し、国連開発計画(UNDP)をから資金を調達して投資基金を設立した。

トランスミレニオBRTシステムの目標は「整合がとれた効率的な公共交通手段の提供」だった。これまでのバスサービスに替わるものが期待された。これまでは市の至る所でそれぞれが独自に運行し混沌としていた。しかも、しばしば過剰な労働状況にある運転手によって運行されていた。うまく組織化されていない効率の悪さで、大量の排気ガスをまき散らしていた。市当局はトランスミレニオ社(Transmilenio S.A)を設立し、輸送インフラの計画策定・組織編成・建設を進めた。同時にバス運行の総括管理もおこなった。バス車両と運転手は民間企業と契約。金銭管理や会社の財務はトランスミレニオ社。収益使徒は以下のとおり。

  • 65%:幹線運営費
  • 20%:支線運営費
  • 11%:運賃回収、預金
  • 3%:トランスミレニオ社運用資金
  • 1%:投資

Quito
キトのBRT

"ônibus rápido" Curitiba, Brazil BRT in Quito, Ecuador. 建築家が市長になると (株)南條設計室主宰 南條洋雄さん 
最近,様々なメディアでブラジルのクリティーバ(Curitiba)という町が紹介され,先進国も顔負けの都市計画の優等生として脚光を浴びている。発展途上国ブラジルということで,ある種の偏見をもって1976 年に始めて現地を訪れた時の強烈な印象は忘れられない。当時は,先進国日本で銀座に歩行者天国が実現し,ヒューマニズムの視点から様々な都市問題の解決への模索が始まった頃である。 

トローリーバスはエクアドルの首都を走る路面バス (南米の乗り物・交通機関紹介 )

キト、交通の限界

Curitiba
クリチバのBRT

「環境都市クリチバの都市計画と、その生活」 ((財)名古屋都市センター 第1回まちづくりセミナー 平成12年9月19日(火)講師 竹村知寿子さん ブラジル連邦共和国パラナ州 クリチバ市国際課職員)

Transmilenioトランスミレニオはブラジルのクリチバ(Curitiba, Brazil)とエクアドルのキト(Quito, Ecuador)をモデルにし、幹線(動脈線)と支線(フィーダー路線)で構成されている。乗客の運賃支払は、幹線ではプラットフォーム入場時、支線では最初の幹線乗換時に一度。駅は500メートル間隔に設けられている。新バスシステムでは、市当局は公共交通という観点から受動的立場から主導的立場に変わった。トランスミレニオは「速くて快適なサービスを提供する整合がとれた優れたバスシステム」と広く認められた。大量輸送統合体系(Integrated System of Mass Transport)では、トランスミレニオは市全体をカバーし、地下鉄や自転車道に接続している。トランスミレニオの建設は6期に区分されていて、2003年1月時点では第2期工事中。

自動車の私的利用に関してはペニャロサ行政府は明確な位置づけを示し、『都市生活品質に最悪の脅威』であるとみなした。ペニャロサ市長は主要目的のひとつに「自動車の運転手と同乗者に公共交通を使ってもらう」を掲げた。“pico y placa”(ピコイプラカ)プログラムで「ピーク時間の自動車私的利用を40%減少させる」とし、混雑の緩和をおこなった。週2回、私的利用の自動車は市内走行を禁止された。具体的には、ライセンスプレート末尾が1, 2, 3, 4は月曜日、5, 6, 7, 8が火曜日、9, 0, 1, 2が水曜日、3, 4, 5, 6が木曜日、7, 8, 9, 0が金曜日に禁止された。

ペニャロサ行政府では、さらに、ボゴタ居住者に「市から自動車をなくすにはどうしたらいいか」を考えてもらった。2000年2月29日にボゴタ初、そして、世界初、のカーフリーデーを開催した。これは非常に好評を得て、市民は市全体の投票(アンケートかも?)で年に一度の開催を支持した。

ペニャロサ市長は自転車道基本計画で当初計画全長350キロを掲げた。2003年1月時点で約270キロまで完成している。これはラテンアメリカと開発途上国で最大のネットワークとなっている。2002年までに4600万ドルを超える非常に高額なコストが投じられたが、技術の貢献はめざましいく、ペニャロサの市長時代に完成した105キロ分のほとんどは難しい地形の上に作られたものだった。

公共空間は1998-2000に急速に改善された。ペニャロサ市長によれば、「誰のための空間でもない、行政が厳格に管理することもなく、個人的な利用も許され、どんな人でもとやかく言われない」というものだった。都市における素晴らしい空間となった。不正占拠には公共空間防衛局を設立し対応し、歩行者のための空間が歩道、信号機、照明、植樹によって実質的に改良された。338,297立法メートルが再開発され、147,000立法メートルと橋の下(以前は無謀な計画により使用不可だった空間)が新規開発され、432,000立法メートルが歩道となり、合計でおよそ917,00立法メートルが公共空間となった。ペニャロサ行政府は1,034の公園で再開発、促進、維持をおこない市内の54%がグリーン空間となった。2120億ペソ(およそ1億ドル)をかけ、市当局は7万本を植樹した。プランターは183,651箱。202キロの道端と公園280ヘクタールが緑に変身した。






将来:全国的、統合、複数手段への挑戦

ボゴタがルネサンス的再生を遂げたとしても、国としての財政は危機的状況にあり、いまだ重要課題。ボゴタの将来はコロンビアの将来にかかっている。内戦を終え、財政危機を終え、経済不況を終わらせなければならない。

上に述べたプロジェクトの維持に加えて、ボゴタの都市交通をより良くする挑戦は・・・

  1. 大多数の市民の移動のために大量輸送を定着させる
  2. 大都市部とその周辺地域で複数輸送手段を統合する
  3. 都市土地計画と交通計画を関連付ける
  4. 交通、公共空間、都市計画のそれぞれの部局を改変し強化する
  5. 自動車利用は横ばい、または減少させる
  6. 自動車の駐車に関する統合方針を作る(策定する)
  7. 市民による意思疎通、参加、市民を巻き込む、戦略策定
  1. 多くの国々で大量輸送手段が社会的、経済的、環境的に、そして都市部では、社会の大多数にとって非常に有効なものであることが証明されている。評価では大量輸送は自動車による個別の輸送に比べ7倍から10倍コスト的に安くつくとされている。政治リーダーも市民も、ボゴタの交通の将来を話しあう上で、統合大量輸送システム(ISMT)の要素である地下鉄とトランスミレニオバスのどちらにもこだわるべきである。
  2. ボゴタの交通分析は市街地地区だけに留まらない。どこまでが大都市部であるかという公式の定義はないが、地域開発における市の影響範囲を考慮に入れる必要がある。特に西部地区のボゴタサバナ地域(Sabana (Savannah) de Bogota)。周辺都市部を統合することは技術的な問題以上に政治的な問題となる。リーダーは複合都市交通の統合構想をもっと強調するべきだ。
  3. “Plan de Ordenamiento Territorial” (Territorial Plan) 2000-2010期の地域計画では、当初から統合大量輸送体システム全体を包含し、交通計画と都市土地利用計画を関連付けていた。しかし、地域計画の検証は地下鉄建設が期内に着工されないために優先度が下がった。しかも、トランスミレニオバスシステムは、より大規模な都市戦略への組み込みを明確にされないまま実施された。大量輸送システム計画と地域計画との統合計画は都市部とその周辺部のビジョン(将来構想)を明確にしてから行うべきものだ。このビジョンにおける効率的かつ自動車に頼らない交通システムの優先度は、取り扱う人(官僚、計画策定者、政治家、メディア、市民)によってその重要度が異なる。
  4. <大量輸送システム・公共空間・都市拡張>を<計画・組織化・実施管理・規制>する<<組織>>の<改良・強化>に関して、2通りの考え方がある。単一部局を創設するか、あるいは、様々な団体でそのまま継続するか。単一であれ複数であれ管轄部局に関する最重要考慮点は手段と資源。効果を上げるには、障害少なく戦術展開が可能で、そして充分な資金があること。トランスミレニオの事例からはそう言える。
  5. 自動車の私的利用は“Pico y Placa” プログラム以上に合理化され、自主抑制されるべき。税制改正によってより効果を発揮するかもしれない。道路使用有料化と駐車方針の明確化により社会に対する自動車の実コストを反映するのがよい。加えて、道路使用有料化と自動車駐車は統合、複合、都市交通体系に使える追加資金となる。
  6. ボゴタの自動車駐車をどうするかは急を要する。歩道の再構築が事業用の駐車可能場所を減じているため。この件はまた複雑で、自動車は減らすべきもので、追加の駐車インフラは大規模には作られるべきではない。駐車スペースは(市内の安全を考慮すれば)ヨーロッパの市街地のような急激な大量削減もよくない。もう一点、道路や空スペースへの”勝手な”駐車を規制することに取り組むことも重要。
  7. 単なる市民への提案説明だけでなく、計画と実施に市民参加がなされるべき。計画では、真に参加を促す建設的な対話で情報を得て、より効果的で利益ある変化を導き出すこと。(ボゴタの)評議局 (Veeduría Distrital)のような市民組織を強化することも市民参加を増進させる一つの方策だろう。





複合交通:交通手段のバランスへの挑戦

都市部での複合交通システムの統合はボゴタ最大の挑戦。システムの要素は以下のとおり。

  • 地下鉄
  • Transmilenioバス
  • エンジンを使わない交通
  • 地域鉄道
  • 公共空間
  • 自動車

地下鉄が基本要素。その建設契約は今後10年から15年間はおこなわれない予定だが、多くが地下鉄を望んでいる。それがない場合、交通は次第に困難さを伴ってくると思われ、次第に崩壊し市は競争力を失うと考えられる。税収が減りボゴタでの生活の質が悪化する。ボゴタ市規模では高密度の輸送体系 (60,000 to 90,000 passengers an hour in each direction)が必要となるという識者がいる。しかも地下鉄システムは生活の質の高さと社会の経済開発度を示すもの。不平等が減り、環境を守り、移動に費やす時間と金を減らす。

トランスミレニオバス基盤の実現は低コストで短期におこなえた。ボゴタでの公共交通のいいやり方だった。しかし、これは年3%増で成長する都市における交通としてはそのうち役不足となる。トランスミレニオは地下鉄とあわせて大量交通統合システムを構成するようにすべき。

自転車普及率は三家族に一台だが、自転車は長らくボゴタでの交通調査研究の対象になっていなかった。 現在、ボゴタ居住者は自転車をレジャーに頻繁に使用している。特に多くの道路がエンジン付き車両に道を閉ざす“ciclo-via(シクロビア 自転車道)”の日曜日に利用されている。 このイベントはこの種では世界最大のイベントで200万人以上が参加している。一方、通勤の観点では、居住者が自転車を交通手段として使うことは重要視されていない。 この認識を変えようと、近年、教育キャンペーンをおこない、高い効果をあげた。これはさらに多くに啓蒙するために続けられるべき。 「社会の全階層が自転車に乗るような社会はモータリゼーション以前の社会で、それは開発途上国のものだ」という認識は抹消されるべき。 ペニャロサ市長と彼の行政チームメンバーは頻繁に自転車通勤をおこない、自転車の汚名挽回にかなり貢献した。[iii]。 80年代にパリなどで自転車レーンが失敗したことが教訓になり、自転車交通基盤への投資額と同等程度に、教育や、管理や、安全に対して費やされるべきと学んだ。


Streetfilms-Ciclovia (Bogotá, Colombia) ページ先頭に戻る

地域の都市間通勤列車システムは現在研究中だが、交通がしっかりと組み込まれた大都市計画であることを示すにはこれは絶好の機会。ボゴタ市はこれを積極的に支持すべき。現在のバスルートを都市部周辺からボゴタに通じるバスルートとして拡張設置できる機会。

ボゴタの歩道修繕・敷設はペニャロサ市長行政府の重要な成果だった。自動車にではなく人間のために、こういった歩行者空間を回復するプロセスは今後も市全域に対して継続しておこなわれるべき。歩道や公園だけでなく、ハイウェイ、道路、駐車空間も、(自動車、自転車、歩行など)様々な交通体系で使用できるように考慮されるべき。公的空間利用に関して的確に判断し的確に行動するためには分野横断的多面的アプローチが要求される。 (ちゃま:まず人が死なないための道路づくりを優先的に考えるなら、現在の日本の、交差点の横断歩道や、信号機のない横断歩道、その敷設方法(バンプになっていない、人車混合通行、など)、そこでの自動車の振る舞い等々、道路基盤だけでなく、運転者の交通道徳、警察の取締、速度違反取締機などのさまざまな対応が自動車優先になっていることを思ってしまいました。)

自動車はすべての都市に必要悪で、都市にはメリットとデメリットがあることを意識するのが重要。自動車はピーク時間帯の通勤には不便なものであり、その利用は合理性をもってなされるべき。自動車による環境へのダメージは、より合理性ある強制的な論理の適用が求められる。特にボゴタのある海抜2600メートルという高地では、(空気が薄いため)内燃機関の効率が低下してしまう。






さらなる変化のための 熟考、行動、継続

ボゴタでの成功はモクス市長の教育キャンペーンとペニャロサ市長の行動とのシナジーによるものと評価されている。しかしペニャロサ市長は大多数(あるアンケート調査では91%)が継続を望んだのにも関わらず前任者のおこなった社会教育プログラムをほとんど行わなかった。熟考(モクス)と行動(ペニャロサ)との間の断絶は大きく、両方の行政府はこの点では批判されるものだ。モクス市長はかなり熟考したが行動はほとんどおこさなかった。ペニャロサ市長の多くの行動には熟考がほとんどなかった。

両市長の偉大な成果は政党政策やイデオロギーではなく課題解決を中心に据えた新しい政府主導の考え方による結果だ。アンタナス・モクスとエンリケ・ペニャロサはボゴタを変えた。世界で最も混沌とした都市だったボゴタが都市開発と都市交通で世界のモデルとなった。国連のさまざまな局が都市基盤と都市行政と暴力の削減でかなりの改善がなされたと認めた。アメリカが公共図書館に、スウェーデンの国際開発局がトランスミレニオバスシステムに、賞を与えた。居住者は自身の街という意識を感じ始め、街に誇りを持つようになった。2002年12月の夕方に“ciclo-vía nocturna(シクロビアノクトゥルナ:夜間自転車道)”で300万人が道に出て祝福の気持を表現した。










[i]1990年代半ばから、ボゴタそしてコロンビア全土での建設は深刻な危機に直面した。コロンビア経済が不況となったことと財政問題によるもので居住建設が2000年末に完全に停止した。

[ii]ファイメ・カストロ(Jaime Castro 1938-)市長は法的整備と税改革は達成したが、彼の計画にあった新交通システム設置は実現しなかった。ボルボと交通金融会社がブラジルの“Autobus”に似た“Metrobus”を提案していたが、この実施を妨げた最大要因は(それにかかる)借入金返済は困難とされたため。

[iii]アンタナス・モクス市長も2001年1月から2003年末までの2期目には自身の自転車に乗っていた。

リカルド・モンテズマはボゴタの人間的都市財団の理事長、グローバル都市開発のアドバイザリーボードメンバー、トランスミレニオ(Transmilenio)バス高速交通システムの理事会メンバー。Cicloviaなど数冊の著者。モンテズマ博士の著作は近著の「ボゴタの変容」がある。著者の許諾を得て出版された。この英語原文(http://www.globalurban.org/Issue1PIMag05/Montezuma%20PDF.pdf)はホナス・アーヘンがスペイン語から翻訳した。


Bogotá 2038 - Sesión Movilidad para el futuro - Presentación Ricardo Montezuma 2009.9.3 Towards Carfree Cities VI - Programme (Worldcarfree.net)





http://www.cambio.com.co/paiscambio/10preguntascambio/789/ARTICULO-WEB-NOTA_INTERIOR_CAMBIO-4445154.html
リカルド・モンテズマさんの写真


































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