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業界の基本:Univega ユニベガ

結論:Univegaはメーカー名ではなく商標名。カリフォルニアのベン・ララウィが企画した自転車でアメリカで販売するために、アメリカ国外のメーカーに外注してつくられた自転車につけられた名前。1971年から1977年まではイタリア製を輸入してItalvega(イタルベガ)という名前で販売していたが、日本のミヤタに外注先を変更したのをきっかけにUnivegaと名称を変えたもの。MiyataやAkisuなど外注先はさまざまだったけれども、ほとんどが日本製。ララウィ時代の後期(80年末期から90年代前半)の低価格製品は台湾製。1997年にUnivega商標はダービー(当時のラレーUKの親会社)に売却され、UnivegaとRaleighの名前が同じモデルに使われる「姉妹ブランド」の使い方になった。2000年頃に一時、Univegaの使用が中止されたが、2001年にダービー社は後継企業ラレーサイクル社となり、その後、ヨーロッパで、ロード用の名前として復活し、さらに再びRaleighモデルとの共用姉妹ブランドとして現在も使われている。現在のUnivegaブランドの所有者はRaleighブランドなどと一緒にラレーサイクルのオーナー、アランフィンデンクロフツさん(所有の会社swiss bike Vertriebs GmbH)。ラレーサイクル社も自転車を製造する「メーカー」ではなく、商標で利益をあげる「商社」であるラレーUKやラレーUSAなどの事業会社を傘下に収めている持ち株会社。


子供載せリヤカーにはまったく関係ありません。

ラレーの歴史で、『1997年、ダービー社がUnivegaユニベガ権利取得』のところで、ちょっと引っかかってしまいました。

これ以前にちゃま自身は『Univegaユニベガは、アメリカのダービー社(現ラレー社)が1997年に権利取得して2000年-2001年まで世界ブランドとして複数国で販売していたブランドで、2001年以降はラレー社(元ダービー社)のドイツ支社だったドイツダービー社(ここは2001年には名前を変えなかった)の傘下におかれていたブランド。ドイツダービー社は米ダービー社が1988年にNeue Kalkhoff(ノイ・カルクオフ:当時の西ドイツ第2位メーカー)の資産を買収し社名変更したもの。2005年 に(ドイツの)ダービー社が独立。発表が2005年の10月のインターバイク。この時点で、ドイツダービー社はダイヤモンドバックのヨーロッパ販売権とラレーのオーストリア、ドイツ、スイスでの販売権があった。UnivegaユニベガとFocusフォーカスもドイツダービーのものだった。Univegaユニベガは旧ダービーの新ラレーのドイツ子会社として新たに設立されたラレ-・ユニヴェガ社にのこった。』というくらいの情報がわかっていました。

1998年12月31日付SEC提出資料にはUnivega名を冠したダービーサイクル傘下の会社として、以下の4社が記載されています。
Univega Beteiligungen GmbH
Univega Bike & Sport Switzerland AG
Univega Bikes & Sports Europe GmbH (以前の社名はMS Sport Vertriebs GmbH、ドイツ・ミュンヘン(Munich)近郊のRiemerling、2002年時点ではCloppenburgクロッペンブルク )
Univega Worldwide GmbH (Univega Worldwide Licence GmbH 1998年5月時点) Cloppenburgクロッペンブルク

Univegaユニベガはメーカーではなくてトレードマーク(商標)のブランド(印)で、現在の卸取扱元であるラレ-・ユニヴェガ社Raleigh Univega GmbH(クロッペンブルク)のウェブサイトはhttp://www.raleigh-univega.de/です。ここにいくと、ラレ-・ユニヴェガ社の名前の通りラレーかユニベガか選択させられます。ラレーはhttp://www.raleighbikes.deに、ユニベガはhttp://www.univega.deつながります。

そこで、1997年のダービー権利取得以前の話を探ったところ『ユニベガはカリフォルニア州ロングビーチのBen Laweeさんが1970年につくった会社Lawee Incが販売していたが製作は日本のミヤタ自転車』とはSheldon BrownさんとWikipediaにありました。

それで、それだけで済まそうと思っていたのですが・・・

2007年から輸入しているというダイワ精工(2009年10月からグローブライド)で次のように書いてあるのを見てしまいました。しかも、Univegaの歴史についてはほとんどこれだけです。

UNIVEGA は1970年、アメリカ人であるベン・ラウウィにより創立されたブランドです。1970年以降、高品質な自転車が求められるヨーロッパ市場においてドイツを中心に成功を収めました。年月が過ぎていくと開発、製造、管理など様々なことが改善されていきます。しかし、目指しているものは永遠に変わることはありません。
それは、バイクを作ること・・・・
「革新」と「美」です。安全と快適性を提供することにより、自転車に乗る喜びを保証し、勇気を与え、冒険心を満足させることができるでしょう。
" Ride it your way "

『UNIVEGA は1970年、アメリカ人であるベン・ラウウィにより創立されたブランドです。』はその後調べた情報でもみな同じでした。

でもそれ以降が引っかかりました。特に『1970年以降、高品質な自転車が求められるヨーロッパ市場においてドイツを中心に成功を収めました。』が歴史の重みと高品質を思わせる文章だけにキーとなる部分です。でも、
今までの知っていたこととこの文とはかなりの開きがあります。いままでの知識でみると、ダイワ精工(2009年10月からグローブライド)の文章が微妙につぎはぎのような気がしました。

「1970年以降に発売」したのは本当(いやそうではないかも・・・後述)。でも「以降」って普通使わないですね。1970年以降なら2008年でもいつでもいいいい加減さのある言葉ですから。でも普通の人なら、「1970年からだんだんに」と読んでしまう(読まされてしまう)ところです。こういったところがこの文章があまり信頼性高くない、というか、怪しげな文章にしていると思います。「高品質な自転車が求められるヨーロッパ市場」も本当かもしれない。「ドイツを中心に成功を収めました」も本当かもしれない。けれど、「1970年から成功」ではないかもしれないし、「高品質」でないかもしれない、でもそう読めてしまう文章が怪しげです。そう思うとなにが本当か調べたくなってしまいます

しかも『年月が過ぎていくと開発、製造、管理など様々なことが改善されていきます。』が、ちょっと、ちゃまもよく書いているような、添削不足のコピー文になっていて、この一文の品格と前段の品格があっていません。この文章だけマーケティングコピー担当者ではない人が書いた文章の品質です。たぶん、ここで歴史の多くを含ませようと思ったのじゃないかしら。それは成功していませんよ>ダイワ精工(2009年10月からグローブライド)さま。添削不足。でも本当は全体をみなすべきじゃないでしょうか。

それ以降の文章はブランドとしての意思の表明ですから何もいうことはありません。前段の『1970年以降、高品質な自転車が求められるヨーロッパ市場においてドイツを中心に成功を収めました。』という歴史的事実についての記述が本当なのかどうかを確かめられればと思います。

もっとも、レクサスはトヨタのブランドと繰り返し報道されているように、ユニベガはラレーのブランドといったほうがいいはずです。これはラレーやユニベガ本体が方針変更しなければダイワ精工(2009年10月からグローブライド)もいえないでしょうけれども、少なくとも業界メディアはそのくらいのことは言わないといけないでしょう。

以下、ちゃまなりの検証です。

bmxmuseumでは『Univegaとはメーカーではなく商標。Lawee Incは卸(distributer)で輸入(importer)。適度に質のよい自転車で、製造はさまざま。ミヤタ、Akisuアキス(?)、その他、多くが日本。後に、低価格品は台湾製になった。1980年代末にダービー(ちゃま:現ラレー)に売られた。これでラレーと異なる名前を持つ同一品の姉妹シリーズとなった(became a parallel line to Raleigh, with identical models under the two different names)。ユニベガ名は2000年ごろ廃止となった(ちゃま:ダービーが止めた)。現在はヨーロッパで販売されるロードバイクの名前として使われていて、その自転車は評判がいい。Univegaは1971年から1977年あたりまではItalvegaイタルベガという名前だった。』です。

もしこれが本当なら、1970年からなのはLawee Incという会社のことでUnivegaではないですね。Univegaは1970年からではなくて、1970年代末から。Univegaが1970年からというとしたら話のすり替えになります。もしこれが本当ならですけど。

bikeforumsでは、『 ItalvegaはイタリアのTorpadoトルパードの工場でつくられた。カリフォルニアの自転車輸入業者Ben OlkenのLawee Co.,がイタリアで作らせて輸入した。1970年か71年から70年代中ごろまで。70年代中ごろ/後期の生産は日本にシフトし名前はUnivegaに変わった。輸入はLaweeが続けたと思う。』とItalvegaを持っている人が書いています。

ここまでみて、Univegaは卸で輸入した会社のものだとしたら、アメリカ用のブランドですね。これがなぜ『ドイツで1970年以降成功』になるのでしょう?もしかしたら、米国ダービー社に権利がわたった1987年以降ダービー社がヨーロッパでUnivegaを販売して(ダービー社時代のUnivegaは世界ブランドであることがちゃまでさえわかっています。一部地域向けではないのでドイツだけではありません。)、それが米国ダービー社が社名をラレーに変えた時点の2001年以降ラレーのドイツ子会社だったダービーヴェルケが主体的にUnivegaを使うようになって、以後はドイツを本拠にするブランドとなった、と、こういうことを「そう」表現しているのでしょうか。それなら、それでドイツの意味だけはわかりますが、それ以外ははずれてしまいます。

ダイワ精工(2009年10月からグローブライド)の掲げている文章を補強するどころか、より怪しいと思うようになってしまいました。こういった情報を覆すような明確なメッセージがないものでしょうか。

bikeforumsでは、『Univega はモデルと年によって製作が異なる。たとえばBertoniはビアンキ。』だそうです。

同じところで『最初のUnivegaとして1977年のBicyling Magazine に試乗用として載っていたUnivega Gran Rallyがある』とのこと。その全体がこれで、Gran Rallyの写真はこれです。ミヤタも一緒にのっています。Azukiというのもあります。教えてくれた人はビンテージバイクの記事がものすごい量あるといっていますのでご興味のある方はこのあたりを探ってみてはいかがでしょう。


(別情報でAzukiは神戸の川村工業(*)がつくっていたNishikiの同型異名姉妹車だというのがありました。ということだと、ダービーサイクルは1988年にニシキ買収をして、1997年にユニベガを買収しているので、ダービーサイクルにユニベガとニシキがそろったということでもあるのですね。そして、実は以前はユニベガの一部とNishikiとは同じものだったものがあるということになるのでしょうか。)
(破綻後買収された車いすの現カワムラサイクルは母体はグリーンヘルパー株式会社という会社で、川村工業から「商標権」と「営業権」を買い、新たに設立(会社設立平成7年8月31日)した会社です。車いす会社としても、また自転車の観点では傘下としたランドウォーカー事業もすばらしいのですが、新会社には有能な技術者はこなかったと会社を始めた高橋さんがいっています。その技術も自転車を作っていた川村工業当時とは異なる会社です。)


こちらに、新らしく日本で2009年にNishiki自転車をはじめるというカワムラ Kawamura-Corp.co.jp営業担当の方のコメント書き込みを見つけました。




現在、スウェーデンにNishikiを名乗る会社があります。Nishikise

Nishiki

会社情報には、スポークをくみ上げている画像が載っています。面白いのは、スウェーデンで作っているような説明がついていることです。
Nishikispoke
でも他の会社でも同じようなのです。画像がスポークをくみ上げていたり、自転車を調整していたりします。ここでやっているんだという雰囲気が出ます。けれども、「フレーム」を自分のところで作っていない限り、自社生産とはいわないようです。ラレーでフレーム生産を止めて工場を縮小して、世間では、自転車生産を止めたと言われたときに、ラレー社は、「スポークくみ上げと塗装をやっている。これは地元でやる需要があるからだ、生産をすべてやめたわけではない。」というようなことをいっていたのを思い出します。ですから、スポークくみ上げの画像で、自転車生産をしていると思わないようにしてくださいね。


oldroadsでは、『最初にフラットタイヤを履いたメジャーな自転車はスペシャライズドの1982年StumpjumperとUnivega Alpina Proでどちらも日本製。カリフォルニアのサンノゼのSpecialized Bicycle Imports。そしてカリフォルニアのロングビーチでUnivegaの親会社でBen LaweeがやっていたLawee Inc. 』なんていうのもありました。

ここまでのまとめ


番外ユニベガ第2弾でわかりましたがラウウィさんは
「彼は、自転車のスペック作りとそれをよく見せるということにかけてずば抜けた才能を持っていた。彼はモトベカンでそれをやり、米国市場にあったものに作り変えた。そして彼自身のブランドとしてユニベガをはじめた。いい自転車にパーソナルなタッチを加えたものだった。」

15年間ユニベガで働いた息子のデビッド・ラウウィはこういう。「彼の人生は自転車業界そのものだった。朝起きるのはそのためだった。製品をすごく魅力的にすること、いい性能をもたせること、お買い得にすること、といったことを彼は楽しんでやっていた。すごくお手ごろな値段で見栄えと性能のいい自転車というのがラウウィの印(署名/サイン)といえるだろう。」

Univegaは「アメリカ人であるベン・ラウウィにより創立されたブランド」であることはあるようです。けれど、これだけの情報でも、多くのアメリカユーザーはベン・ラウウィさんはディストリビューター卸業者だとして知るところの人で、メーカーとしてものづくりを指南した人としては認知されていないようです。(右) 自転車を米国人に受けるように企画する優れた才能を持った人だったようです。興味深い話がありました。→bikeforums - Classic & Vintage - What do you think of the Lawee Designed Univega's?? ベン・ラウウィの自転車について話あわれています。

(比較として、これもラレーを調べていて知ったことですが、センチュリオン、ダイヤモンドバックの山越コージさん(漢字はちゃま予想)があげられます。同じ米国で卸とされているWSI社におけるコージさんは自転車自体は日本や台湾で作っていたのですが、その開発設計者として皆さん語られています。卸であっても開発をしている人にはそれなりの評価がありますから、ラウウィさんやラウウィ社の上記の語られ方は「開発設計はしていなかったと捉えられている」と考えるのが適当だろうと思います。(右))

日本のミヤタ、Azuki(Nishiki=川村)、さらにビアンキなどイタリアといった多方面の会社が製作していたということになると、1977年から1987年というおよそ10年間Univega初期の歴史は、単に”ベン・ラウウィさんの努力”というよりも、”世界各国の当時の自転車メーカーをネットワーク的につなげベン・ラウウィさんが中核となってアメリカ向けに販売した自転車の歴史”と表現するほうが適切な気がします。初期のソーシングsourcing(外注*)がこの時代に確立したのではないでしょうか。そして、センチュリオンやダイヤモンドバックの山越さんがその一例。ユニベガのラウウィさんは、また別の形態の一例ということなのではないでしょうか。そして、ユニベガのこの時代にはどこにもドイツ市場やヨーロッパ市場は登場してきません。たぶんベン・ラウウィの時代にはドイツ市場やヨーロッパ市場など関係なかったのではないでしょうか。

sourcing - 中国の英語情報でこういった形態がsourcingとして一語で語られているので覚えたばかりです・・・。

次にドイツユニベガを見てみました。会社情報

貴方なりの乗りこなし
 これは昔も今もMTBのモットーでありユニベガのパイオニアであり創業者であるBen Laweeのモットーでもある。80年代にはすでにBen Laweeは妥協のない品質とトップの座にあり続けるための終わりなき戦いに挑んでいた。Univegaとして一日一日を働く私たちも、~この20年以上もの間~、このモットーの下、情熱を持ちつづけ、技術と経験を積み重ねて今日に至っています。  私たちは現在、ヨーロッパの自転車メーカーの中で確固たる地位にあることを誇りに思っています。このことは私たちのブランドにはたくさんの友人がついていること、そして私たちの完璧な自転車にかける情熱が皆さんと共有できることを意味しています。

品質は保証済み

 私たちは信頼できる自転車だけをつくっています。私たちの工場から自転車が飛び立つ前に、それぞれの心臓と内臓を検査しています。最良の素材を使い、莫大な工程と現実的な検査で、貴方の自転車を保証します。もっとも高いレベルでミッションに(貴方の期待に)答えます。
 プロフェッショナルとワールドチャンピオンで構成されたユニベガのファクトリーチームの優先事項は先進技術を生み出し工場での仕事に結びつけることです。

単なる自転車乗りを超えて

Univegaという名前は自転車界で「他とは違う何かがある」という評価を受けています。それはまったく不思議なことではありません。今では、この名前の下に妥協のない高い基準があります。設計から生産にいたるまで、すべての工程はそのひとつひとつが私たちの完全性追求のたまものです。製品化のための研究開発には一年間を費やしています。同時に、私たちはまた、弛むことなく一貫して先進的で未来志向の技術を追い求めています。Univegaの自転車はすべて、ヨーロッパとアジアでの私たち自身の生産施設内で、最高水準の品質の生産設備を使って、つくっています。最新技術を使みなさまのご期待に最大限こたえることができます。

会社情報はこれだけです。ブランドのためのウェブサイトによくある「一枚カタログ的な会社情報」です。これらのサイトでよく見られる「企業の沿革・変遷が年代で明記していない」情報です。

1) まず、1段落で「Ben Lawee」さんを創業者として掲げています。ブランドには創業者の名前が必要なのです。この方がどのくらいの評価の人なのかは地元のアメリカ情報を見てみればいいはずです。後でやって見ましょう。

2 次に、同じ1段落で「20年以上もの間」といっています。2008年時点としても20年前は1977-78年ですから、上にあげたアメリカの情報と同一です。ドイツでは「2008年時点からさかのぼって20年以上もの間」と表現しているのを、ダイワ精工(2009年10月からグローブライド)では「1970年以降」という表現にしているのですから、翻訳で、微妙に年月を積み重ねてUnivegaの歴史に日本独自の重み付けを加えてしまいました。まだ、ドイツ情報も、アメリカの口コミ情報を見る限りは、ブランド力向上に取り組んだではあろうでしょうけれども、自転車の技術的な改良にまい進したのはUnivega以外の自転車もつくっていた各自転車メーカーの特定ブランドには関わらないそれぞれの企業努力であったと考えるほうが適切なはずです。

第3には、第2と第3の段落で「信頼、保証、先進性、品質」といった種類の言葉を並べています。うがった見方をすればドイツのブランドに期待される言葉が並んでいます。フランスのブランドサイクルヨーロッパがプジョーを販売していたときと同じように、外の国からみてその国に期待されるイメージが備わっていることが世界ブランドには必要です。この言葉は、本来はどの国のものであっても期待されるものでしょうけれども、ドイツであれば、他はどうあれこれだけは譲れないイメージです。この部分はブランドマーケティングの真骨頂といえます。米国のダービーからドイツのダービーが独立してもなお保有したUnivegaブランドを真のブランドとするためには、これを有言実行できるかどうかが本当のブランドになれるかどうかの試金石です。当然ながら、母国ドイツでは、この部分を歴史的なものとしては語っていません。「今、私たちは真剣に取り組んでいる」という書き方です。翻って、日本では、「高品質なのはヨーロッパのマーケットであり、それに選ばれたUnivegaだ」というような書き方です。しかも、「1970年代から選ばれた」という風に読めてしまうコピーです。コピーが単にコピーだけで、他に歴史的、また現在の情報があれば問題はすくないでしょうけれど、このコピーがすべてを語っているような情報の少なさです。ドイツの情報もものすごく少ないのですが、日本がたった数行というその説明で購入者に選べというのでは、日本で独占卸として認定された会社がすべき説明責任としてまったく?ではないでしょうか。ダイワ精工(2009年10月からグローブライド)という会社はすばらしい会社のはずですから、少なくとも上級経営陣が見ればこれは恥ずかしい説明だということを理解するはずです。でもこうなっているということはダイワ精工(2009年10月からグローブライド)経営陣がここに力を置かず、目を光らせていないで、現場担当者まかせ、ということを一般に広く公開しているようなものです。こういった姿勢では売れるものも売れなくなります。

第4に、すでに触れましたが、ドイツ情報では、情報が少ないなりに「今どういうふうに日夜がんばっているのか」を書いていますが、日本情報では、「歴史の重み」と「ヨーロッパの高品質」というステレオタイプのイメージにおんぶにだっこのコピーがあるだけです。

ちゃまは実物が悪いなどとは申しておりません。自転車自体はいいものでしょう。名のあるブランド名をつけるものにそう悪いものがあるはずはありません。でも、メーカーが明確に説明していないのなら、そして、メーカー説明同士がくい違っていたり、世界でこういわれているのに日本の説明はそうじゃないとか、世間でああいわれたり、こういわれたりしているのならなおさら、調べてみようと思って、ちゃまなりにノートをとっているということなのです。

次にドイツで歴史を重ねているならドイツの中古レビューに載っているはずです。今度はそちらを見てみましょう。ちょっと見したところ、dooyoo.deでは85モデルならんでいましたが現行モデルに近いものしか見つけられませんでした。古いもので2005年くらいでしょうか。でも2005年といえば、ダービーヴェルケが独立した年ですね。

それとBen Laweeさんのアメリカでの評判です。

つづく・・・・

Update

bike-eu 2001.7.5 Univega becomes European-only brand ユニベガはヨーロッパのみで使うブランドになった アメリカの雑誌'Bicycle Retailer & Industry News'によれば、ダービーUSAはUnivega自転車ブランドのUSA使用を終了する。ダービーUSAではRaleighとDiamondbackに集中。この決定はヨーロッパのUnivegaブランド事業にはなんら影響しない。Univegaヨーロッパ事業部長のステファン・シャーによれば、継続はもちろんのこと、さらに事業拡大を狙うという。第一弾としてドイツ本社の配送部門と管理販売オフィスを分離する。現在キルヒハイムにおいている本社はクローズ。8月1日に管理販売オフィスをミュンヘン近郊のRiemerling/Ottobrunnに移転。配送部門はエアフルトに移転予定。これはより市場に近い場所とのことだ。現在Univegaヨーロッパ事業の8割がドイツ語圏でのもの。ヨーロッパ市場のUnivega自転車の1/3はクロッペンブルクのダービードイツ製、2/3が極東製。


さらにつづく・・・・

Italvega - イタリアのベガ - が 日本のミヤタ製になって、Univega - Universe ユニバース=世界のベガになったのでしょう。

UnivegaブランドはJapan/USAとして紹介されています
Univegaヘッドバッジ画像 on Velobase.com

番外 ユニベガ つづき ベン・ラウウィさんについてにつづきます

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