« オランダ「自転車乗り連盟」による それ以外の子供カート | Main | 英磁器メーカー、ロイヤルウースターが破綻! ラレーはだいじょうぶ? »

業界の基本:バーリーの危機 2005年時点の状況

バーリーの創業の地、オレゴン州ユージンの日刊紙レジスターガードのバーリーレポートです。

25年間におよぶ輝かしい成長を経たのち、バーリーデザインコーポラティブは困難にぶつかった。

ユージンを拠点とする自転車&自転車アクセサリーの製造業者であるバーリーは2003年に初めての赤字となった。負債は数百万ドルとうわさされている。2004年は好況となるといわれているが、年初のバーリー取締役会の議事録によればバーリーは決算時にさらに赤字を増すと見られているようだ。長年の地元のバーリー販売店は最近いくつかのバーリー製品で納品問題が生じたものがあるとの事だ。

コープ(バーリーデザインコーポラティブのこと)のトップ兼取締役会長はバーリーの財務状況を変えるためにがんばっているので将来は楽観できると話している。これはコープの従業員100人や従業員オーナーが数年にわたり投資した200万ドルの問題というだけでなく、従業員所有の協同組合(コープ)という会社の存在自体が、地元だけではなく国レベルで注目されているのである。事業がうまくいかない場合、この共同体は良き、家族経営の仕事を失った上、ユージンの従業員所有の協同組合として有名どころでは最後のものとなってしまうことになる、と、1982年から1999年まで協同組合(コープ)で働いたブルース・クレプスが語った。

1970年代後半、ユージンはソルスティスベーカリー、ジェネシスジュース、ホーダッド・リフォレステーションコープなど10以上もの協同組合が存在した地域だった。

クレプスは『そういったムーブメントが少しはあった。60年代、70年代に対する反発だったのだろう。』という。『バーリーは民主的な意思決定を作業場でおこなうことができるかどうかを国中の人々に見せる代表例だった。だから、今回のことはユージンに限らず合衆国内の協同組合運動にとって大変大きい痛手だと思う。』『そうならないことを切に願う』 しかし、事業に赤旗があがった。失業の恐れがあるのでバーリーの従業員の一人は名前を明かさないのを条件として答えてくれた。『この会社がそうならないことを願っているし、わたしが退職するまで存在してほしいと思っている。』 協同組合の規則は組合員がバーリーに冠する秘密情報を公開することを禁じている。

以前働いていた従業員は匿名で、バーリーがもがいているのを見るのはつらいという。『本当にあそこを信じている。働くのは楽しかった。働くのにはすばらしい場所だった。そこがぼろぼろになるのを見るのは本当に怖いことだ。』

バーリー内部の問題はまた外部に見えてきている。コリンズサイクルショップはユージンにある長年のバーリーディーラーだが、最近納品問題が生じたという。トレーラーの在庫はすばらしいが、雨具には穴があくことがあり、数日だったリカンベント自転車の納期がひと月以上となっている。コリンズの共同経営者の一人のジェイ・ローの話である。コリンズは長年バーリー独占販売店だったが、数年前にバーリー側からこれを終了したとローはいう。

それでもバーリーの存続との戦いは終わっていないとは8人で構成されているバーリー取締役会の会長であるエリオット・ゲールと元ARCOのプロジェクトマネージャーで2003年6月からバーリーの事業部長となったトム・ライトヘイの弁である。

ゲールによれば、赤字は組合員へのめざまし音だった。『03年の赤字はいままでおこなってきた事業がうまく指揮できていないと組合員オーナーが気付かされたということ』 

事業の損害と従業員の支持の間で協同組合の振り子はあまりにも速く振れている。『毎年毎年オレゴンビジネス誌の職場ベスト100に選ばれていた。』『バーリーはすばらしい利益を還元し、また、柔軟な職場環境を提供していると認められていた。事業をいかにうまくやってきたかとはまったく関係がない。事業でみんながいかに快適だったかということだ。』年々堅実な利益を出していたため、協同組合はだんだんうぬぼれなっていた。競争激化でありつねに急変する危険をはらむ市場において一定のペースを保ちながら事業をすすめていくために必要とされる長期の戦略計画がうまくいっていなかった。とゲールとライトヘイ。いまやこの協同組合はこの抜けを修正するためにがんばっている

選択肢として事業撤退や事業再生があるが、従業員オーナーは立ち上がって、戦い、変化をもたらすことに決めた。とゲール。協同組合では並列賃金性をとっていたが過去2年間で優秀者を優遇する差別賃金性としてきた。また議決権を持たない一般正社員を多く雇用するようになった。また、従業員教育としてカンバン方式を取り入れムダを省き生産性向上を目指してきた。新しい教育方法には知事テッド・クロンゴスキーが推進している(州)政府支援の66500ドルを取付て充当した。クロンゴスキーは今月月初にバーリーを表敬訪問(Congratulatory Visit)している。

しかしこの変化は協同組合を揺さぶることとなった。組合員の幾人かはバーリーが長らく保ってきた民主主義の精神の原則からそれてしまってきていると考えている。この変化には賃金体系、1500時間以上働いた組合員に与えられていた組合員資格所有者すべてによる意思決定への参画がある。現時点で協同組合は従業員組合員60人と協同組合オーナーではない一般社員40人から構成されているとライトヘイ。

しかしライトヘイはこの変化は(バーリーの)協同組合規則とオレゴン州法に基づくものという。組合員は組合の統治構造に申し立てする権利がありち、ライトヘイと取締役会のリコール請求を6月におこなった。組合員の投票で4対1で取締役会と(社長の)トムがおこなっていることが支持された。この投票結果は2003年の危機を解決するために前進する勇気を与えてくれた。これが民主的なプロセスでないというならそれはなんなのだろうと思うとライトヘイ

1988年にトレーラー組立要員としてバーリーに参画したゲールは、組合員は事業の好転の重要性を再確認した。民主的プロセスがなければ協同組合などありえないという。『バーリーはもてるものすべてを保持している、会計と責任だけが足りていないと思っている』とゲール『向かっているところは間違っていないと思っている。』1時間当たり11.35ドルという一定賃金をやめて、市場に基づく賃金体系とした。この高賃金は財務専門家、マネージャーといったバーリーに欠けている部分を埋める人を呼び込むためのものだ。2003年の損失の後、『取締役会は組織内にもっと頭脳が必要でそれにお金をかけることにした』バーリーの最高賃金でも市場に比べれば最低レベルだった。とライトヘイがいう。会計担当者と管理者の職能は長期の計画に必要だ。

バーリーはまた業界トップを保持するために必要な定期的市場調査をおこなっていなかったという。市場データーを見ると、自転車産業界は1990年半ばにブームであったと明確にわかる。これはサイクリングしながら育ったベビーブーマーが牽引したもので、30才代、40才代になると、高価格帯の自転車や関連商品を購入する。ライトヘイ。いま、ジェネレーションX(X世代)はベビーブーマーの半分の規模で、あまり活動的ではない。次の世代のジェネレーションYはまだ大人になりきらずバーリー製品を購入する対象になっていない。ライトヘイ。

州政府プログラムのために協同組合が提出した資料に寄れば、バーリーの収益は1998年の910万ドルが最大で、2003年には690万ドルに下落している。バーリーが伸びたのは1980年代後半から1990年代中期までで『これは永遠に続くと誰もが信じていたと思う』とゲール。しかし協同組合の足元はすでに90年代初頭に崩れ始めていた。『外部の頭脳を取り入れるのはこのためで、私たちの目覚ましとなる。私たちが参画している市場自体が崩れかかっているとは思っていない。』 民主的な傾向と一緒に、バーリーの顧客ベースが去っている。競合ははげしく、自転車製造業者は中国に移っている。米国に比べコストが圧倒的に安い。

協同組合の困難はこれが最初ではないとゲール。バーリーは1969年にアラン・ショルツとベブ・アンダーソンが創設した。最初は自転車用バッグを販売した。二人は事業を従業員に売却。従業員が経営する協同組合となったのが1978年。40人から50人の従業員がいた。不況となり、1982年には4人だけとなった。その後景気が戻り、協同組合の組合員は再びじわじわと増えて、1992年の最盛時には100人ほどとなっていた。

ゲールは2005年以降はバーリーが再生するとみている。よりプロフェッショナルなマネージメントとよりよい教育でバーリーがより賢く、スマートになれるとゲールとライトヘイ。ゲールとライトヘイはバーリーの先行きは人気のある自転車リヤカーと、雨具、一人乗り自転車、二人乗り自転車、リカンベント自転車、その他トレック(ウィスコンシン州ウォータールー)、スペシャライズド(カリフォルニア州モルガンヒル)など大手の参画業者には手出しができないニッチエリアでの新製品紹介という製品ラインを保持することにあると見ている。

一生懸命働いて事態を真剣に考えているものたちは自分自身ができる最善をつくしているとマット・プレビス。彼は、1991年から2003年までバーリーで働いていた元事業部長で、現在USバンク・ユージン支店長。彼は最善を期待するという。近年の傾いた数年間を生き延びるため、バーリーはUSバンクから2003年3月に320万ドルを借りた。2ヵ月後、バンクオブアメリカから借りていた170万ドルを返済した。レーンカウンティの資産記録。借金はスチュワート通り4020にあるバーリーの土地と5万5千m2の建屋で担保されている。

先月、この協同組合は従業員の個人資産すべてを担保として追加で一連のクレジットを得た。サンノゼのBFIビジネスファイナンス。その総額は未公開。BFIのWeb情報では、BFIは売上規模100万ドル以上6000万ドル以下の会社に資産ベースで10万ドルから350万ドルまでの事業ローンを貸し付けるとしている。

もう一つ、バーリーは組合員への配当を維持しなければならない。組合員によれば総額200万ドルほどだという。毎年組合の収益は従業員組合員の就労時間に応じて支払われてきた。配当の半額が現金で支払われ、もう半分が事業資金として保管されていた。

保管された資金は14年以内に従業員へ返還されることになっているとゲール。組合員の話では昔はこの保管された配当分は3年から5年という早期に支払われていたが最近のバーリーはより長期になっていたという。このことが組合員が心配する原因となっていた。怖いのは大量の借金が今の役員に、破産宣告をされたら株主には何も支払われないかあってもわずか。組合規則に則り保管配当分を返済する計画にしている。ライトヘイ。その事業に活力があることがその前提となる。事業資金のキャッシュフローから来るものだからだ。バーリーが事業撤退すれば、保管配当分は支払われない。破産法では他の借金が優先度が高い。ライトヘイ。

共同組合は破産を避けようとしている。価値あるブランド名で協同組合は価値ある事業モデルだ。民主的な職場以上のものはありえないと思う。


« オランダ「自転車乗り連盟」による それ以外の子供カート | Main | 英磁器メーカー、ロイヤルウースターが破綻! ラレーはだいじょうぶ? »