« Tanjor タンジョール | Main | アベニール シェトランド 画像 »

RALEIGH ラレー / Avenir アベニール / Phillips フィリップス - ラレー自転車

Logo_raleighRaleigh_logo
2012.4.3 アクセルグループ社がラレー社買収で独占交渉中 〔Bike EU情報〕

4月26日付のBike EUがラレー買収決定と報じています。あとは独禁法だけのようです。 ➡ 5月23日、全株買収完了独禁法もクリアし前日に完了とアクセルグループが発表した
Phillipsという名前の自転車リヤカー(下へ)が「Raleighという会社のもの」で「Raleighが出しているAvenirと同じ」と知って、それに「Avenirは、Raleighの・・といわれるけど、Phillipsは決してRaleighの名前で紹介されない」、どうしてそういうことになるのかなあということで調べたのです。

調べ始めたら、自転車業界というのはこういうものだったの!と、とても奥深くて、そのうえ、いわれていることとかなりちがっていました。「いわれていることは宣伝の言葉。実際にあった事実はちがうことが多々ある」そう思いました。その象徴と言えるのが「ラレージャパンの記述が違っていること」。だって、「TIグループを吸収」と書いてあるんです(右画像)。事実は、「TIグループがラレーを吸収」したんです!(1960年の話です。) どうして、こう事実と反対のことが堂々とかけるのでしょうか。ラレージャパンですから、自分自身の「ブランドの歴史」のはずです。会社の売買は会社の歴史にとって重大な事のはずです。

そして正規代理店」という、これもまた消費者を混乱させるようなことを名乗るのなら、当然、公的に広く事実として伝える義務のあることがらなのに!

その歴史で、どうしてそんな反対のことが、書けるのだろうと思いました。

会社の売買について、反対のことを書いているなんて、こんな製品を作っていたとかいう話以前に、その段階で、そこに書いてあることすべてを疑います。

ラレージャパンというサイト自体がつくりものにおもえてきました。

ラレーの歴史を調べていくと、それでも、「イギリスの自転車産業の歴史」というフレーズについては神話でなくて、本当に、イギリスの自転車産業の歴史になっているのです。1960年以降のラレーという名前は一社のブランドと呼ぶよりもイギリスの自転車会社の連合隊につけられた代表の社名になっているのです。その長い歴史にはたくさんのドラマがあるのです。世界のたくさんの人がそれを知っているのです。それなのに、日本でラレージャパンを名乗っている会社(のように装っているアラヤの一事業)が、その世界のたくさんの人が知っている歴史を『曲げて』日本の人に教えているということになります。

日本のラレーファンが、イギリスのラレーファンと会話をして、その事実に気が付かされたらと考えると、とても恥ずかしいですし、ラレージャパン自体がとても罪深いことをしていると思えます。

詳しくは下記リンク先で。

「ラレージャパンのラレーとは単にラレー社の扱うブランドの一つのラレーブランドのことだけです。ラレー社というのは、その下にたくさんのブランドを抱えながら世界的な企業活動をしてきた会社だったのです。」 「ラレーというブランドとラレーという会社は別に考えないといけないのです。」「ラレーというブランドはラレーという会社のほんの一部分なのです」

ラレーサイクル社の子会社でも自転車の品ぞろえはそれぞれが独自に考えています。ラレージャパンなどの外部の名前をライセンスしている会社も同じくそれぞれがそれぞれの自転車を出しています。たとえば、ドイツではダービーサイクルがラレーという自転車を出しています。これはカルクオフと同じ自転車の姉妹車のようです。デンマークのホエフクリスティアンセン社は北欧でのラレーブランドライセンスを受けていますが、北欧独自のホエフクリスティアンセン社独自の自転車です。フランスではシクルーロップ(サイクルヨーロッパ)が元ジタンの工場で自身のラレーを組立していました(今現在のことは未確認:シクルーロップは低価格品をここフランス工場で組立(製造ではなく)しています。中高級品は台湾)。

販売している自転車がそれぞれ独自に(OEMで)作ってもらって販売していることについてはラレージャパンだけが特別ではないんです。

でも、問題は、ラレージャパンでは古代のラレー社と結びついているようなイメージ広告で誇大広告をしていることなんです。ドイツのダービーサイクルもデンマークのホエフクリスティアンセンもそんなこと一切していません。ユーザーが事の事態を日本よりもよく知っていることもあります。けれどそれでも販売者が神話で話をしたなら、それは一番問題なんです。

イギリスでのラレーブランドは、現在のラレーも決して神様などにならない、一般家庭のお友達の立場のままの普段着のラレーでした。アメリカでもいまではそういわれています。ずっと変わらない親しみやすさを維持しているその努力に感心します。ただし、ラレーという会社はすでに自転車メーカーではなく、その努力は自転車商社としてのものなのです。ラレー社(ラレーUK社)は自身をサプライヤー(供給会社)と言っています。ラレーUK社は持株会社ラレーサイクル社の一子会社事業会社です。現在のラレーUKという会社があつかう商品の製造はイギリスではありません。イギリス製ではないということです。
ラレーの歴史年表
bicycle英国生産完全停止の決定をした当時の英国社長さんの退任後すぐの手記作るべきか買うべきか、それが問題だ(2000.4)
bicycle2009年モデル2009.1.18-2.23 英ラレーサイクリングコンファレンス (ラレーUKが最高級モデルとして販売している車種はドイツのコラテック Corratec)

それから、RaleighというブランドはRaleigh UKの会社の持ち物ではないのです。下にあるように、スイスのSWISSBIKE VERTRIEBS GMBH というところが所有者です。SWISSBIKE VERTRIEBSのオーナーはアラン・フィンデンクロフツさん。Raleigh UKの親会社のラレーサイクル社も大株主がアラン・フィンデンクロフツさん。そういう関係です。だからRaleigh UKもRaleighブランドを借りて使っているわけです。日本のアラヤがRaleighブランドを借りて使っているのと同じ立場です。ブランドライセンスです。『Raleigh UKの自転車は「本国の自転車」、ラレージャパンの自転車は「本国の自転車じゃない」』なんていう話はなんてナンセンスな話でしょう?これがグローバル経済ということです。製造のグローバリゼーション、ブランドのグローバリゼーション、販売のグローバリゼーションです。英国にあるブランド、日本のブランド、ではなくて、『ラレーというブランドが世界でどういう風に使われているのか』、それが『世界ブランド』という位置づけのものです。経済活動には地理的国境などというものはほとんど意味がない時代になっているのです。国別で、だから高級だとか、なにか性格づけしたり、属性づけされた言葉に出会ったなら、それは誰かが何か意図をもって作ったお話で、どんな意図があるのかなと、考えて、その真意を探ることが大切だと分かりました。その上、ラレーブランドのように、歴史あるブランドで、ある時代光り輝いたブランドは、その後、転売されて、使われることが多く、実は、光り輝いていた時代だけが宣伝につかわれて、そうでない時代は曲げられたり隠されたりして使われることがたくさんあります。特に、実際のオーナーは責任があるのでそこまでしないのですけれども、その流通業者や販売業者は、あまり責任感なく、オリジナルの宣伝の中の強調したい部分をさらに膨らませて、神話を作り上げてしまうことも多くありました。ラレージャパンの自転車を『イギリスの自転車だからいいですよ』と販売時に説明するなどということが、その典型的な一例です。

日本の消費者が知っておいた方がいい情報:
各国Raleighはそれぞれの国の国内向け卸販売の会社。会社として独自運営で、各地域で売れる自転車を独自企画&卸販売する 他社への卸の例:ラレーUKはイギリス自転車最大手のハルフォーズへのサプライヤー(卸業)でもある。ラレーカナダはウォルマートカナダへのサプライヤーでもある(1994年から)。
別々の企画ですけれど、どこの国でも・・・

Raleighのブランドイメージは

"affordable", "value" お手ごろ価格、お買い得 

⇒2000年の例:ラレーの大衆イメージのためダービーサイクル末期にはダイヤモンドバックをトップブランドとした(2001年戦略で2000年後半のみ。ラレーサイクルとなりすぐ中止)。2010年の例:(ラレーUSA2011年モデル発表)「シリーズ全体としては、ラレーブランドが一般に持たれている『バリュー(お買い得感)』が強調されたメッセージとなっている」

知名度のある自転車ブランドとは、もともと、たくさんの人に買ってもらえたからそうなったのです。アメリカのSchwinn、イタリアのBianchiも同じようです。親しみやすさです。現代の日本でいえばUNIQLOのブランド戦略と企業としての成功です。UNIQLOが台湾や中国へ出店したときの現地の反応は、日本人が舶来品にプレミアを感じる気持ちと同じなのでしょう。マーケティング族(や販売だけの会社、卸だけの会社)は消費者の視界を狭めてお財布からできるだけたくさんのお金をださせようとします。でも、実直な関係でなければ消費者は離れます。長続きしません。そして、長期に量販できる会社が、企業経営としては一流企業なのです。企業経営として尊敬されます。UNIQLO経営が注目されるのと、同じです。基本的な消費者の態度として、企業評価と商品評価を混同しないこと、とまず、改めて思いました。そうして、見ていかないと、ブランド名と会社名を同じものと思ってしまうところに、消費者がはまってしまうワナが潜んでいます。

やっているのはすべて「人」です。「この言葉は、いったい誰が言っている言葉なのか、誰がやったことなのか」、そこを考えながらまとめています。フランク・ボーデンさんがいったのか?TI会長さんの意図でおこなわれたことなのか、任天堂アメリカの社長さんがラレー時代にやったことなのか?日本のアラヤがやったことなのか、ラレージャパンの自転車を販売している販売店が言ったことなのか。「販売店が言ったこと」が「フランク・ボーデンさんがやった」ように思ってしまうところに、問題が潜んでいるのかもしれないからです。

Cyclelifelogo
イギリス販売のラレー商品を見るなら、ラレーUKオフィシャルディーラー網のCycleLifeへ。現代のラレーUK商品、そして、現代の商品というのは「イギリス製」とか「本国製」ではなく「イギリス市場向け商品」です。消費者/購入者に合わせた商品、プロダクトアウトではなくマーケットインの時代です。「本国製」とはセールストークの中の幻。使っている人はセールスマンだと思いましょう。

会社としてのラレー(ラレー社)は英国ノッティンガム発祥自転車メーカーとして老舗でした。すくなくとも1960年までは。そして以降はイギリスで20世紀前半に有力自転車メーカーだったブランドの集合体につけられた名前です。そして1987年から会社形態が何度も変わりながら今の会社になりました。そうして現在は自社で自転車を作ってはいません。歴史として語られる有名な英国ノッティンガム工場での自転車製造は20世紀で終了し、21世紀のラレー社は「ラレー、ユニベガダイヤモンドバック、フィリップス、カールトン、アベニール、サイクルプロ」などの商標を管理してグローバル経済の荒波の中で収益を求める自転車商社企業となっています。

エド・ゴッテスマンさんとアラン・フィンデンクロフツさんが、TIからラレーと同時に買った、また別の会社が・・・・2008年11月6日、
英磁器メーカー、ロイヤルウースター
Royal Worcesterが破綻!
ラレーはだいじょうぶ?

Cpj_0204
株インタープレス社 CYCLEPRESS JAPAN 2002年4月号 (リンク切れていますが、ここにあった画像です)

ラレーグループ(旧ダービー) - 英国生産を廃止 ノッティンガム工場売却を正式決定、115年の歴史に幕 アジアでのOEM生産に全面切り替え
2001年10月末にできたラレーサイクル社の構造
アラン・フィンデンクロフツさん(ガーンジー島) (大株主、議決権84%)
Alan Finden-Crofts
Alan Finden-Crofts
1987年4月1日:ロンドンで法律事務所を開いている米国人法律家エド・ゴッテスマンさんがルクセンブルクに持株会社ダービーインターナショナル社にTI社(チューブインベストメンツ社)からラレー社(すべての傘下ブランド)、ハゼレ社、スターメーアーチャー社を買収。出資者から業界経験者を求められたためにダンロップスラセンジャー社長アラン・フィンデンクロフツさんをダービー社社長兼CEOにして実務を任せる(ダービー第一期 1987.4 - 1998.5 Derby International⇒ダービー第二期 1998.5 - 2000.12 Derby Corporation、アメリカ人投資会社に経営権売却、フィンデンクロフツさんは一取締役。ダービー第三期 2000.12 - 2001.10 Derby Corporation。フィンデンクロフツさんの会社とするためにチャプター11で法的手続きで会社売却してラレーサイクル誕生
Raleigh Cycle Ltd.
ラレーサイクル社(ジャージー島)
(持株会社)
現在のラレー社 2001年10月末から
(母体というと誤解されるかもしれませんが、組織構造の基本は1987年のダービーインターナショナル社でできたもの。1998年からアメリカ人アメリカ資本のダービーサイクル社が結局一時的投資目的でした。会社がバラバラになりました。でもこのときが世界No1売上というのが不思議です。投資家は去ってラレーを思うフィンデンクロフツさんが買い戻して今の姿になんとか立て直した格好になっています。
Raleigh Inter-national Ltdラレーインターナショナル
(海外販売卸/ブランドライセンス:海外事業。国によって取り扱う自転車はタイプが異なる。)
1903.7.17 -
アラヤもここからでしょう raleigh-group.com
RALEIGH HOLDINGS LTD1903.1.26
ラレーUK1915.1.21
旧 Raleigh Industries Ltd 1991.10.30 - 2002.1.29
旧 Raleigh Ltd 1991.10.30
Raleigh Cycle Company Ltd 1934.2.13
Derby Holding Ltd 1994.2.18 - 2002.1.29 Raleigh Holdings Ltd 1991.10.30 -1994.2.18 Raleigh Industries Ltd - 1991.10.30

これが伝統のラレー本体
今はイギリス国内卸
現社長インタビューで現在の関心事、社長になる前、ICIという富士通グループ会社からラレーに来た当時の財務担当役員時代のインタビューで過去の状況が短く、よく、わかります。
ラレーUSA
ラレーアメリカ

RALEIGH AMERICA INC.
2001年10月

1988年9月 旧Huffy社 ラレー事業部 Raleigh Cycle Co. of America (ブリジストン製台湾製) + WCCS社 (Nishiki, CyclePro)(米国内卸)で1987年に設立されたDerby USAから始まる会社
デパート向け自転車で有名だったマーレーの元役員というよりも米国ジャイアント初代社長としてジャイアントを定着させた人、ビルオースチンさん(Bill Austin)が長期に会長職で実権。台湾との仕事の仕方をよく知る人がラレーUSAのやり方を作り上げてきたといえます

ラレーCANADA
Raleigh Canada Limited
(カナダ国内卸)
1972年からRaleigh Industries of Canada Ltd.(オンタリオ州オークビル)と組立工場(ケベック州ウォータールー)。工場では320-375人で年30万台量産?。社長:Farid Vaiya
ラレーChina
(調達部門)
1992
香港商帝熙有限公司深圳办事处
DTC Limited (Hong Kong) Shenzhen Office

他社エージェントもやっています
2004年情報では Sheppard (NEW ZEALAND)K2 (USA)それからHALLMAN SPORTS (SWEDEN) ⇒ 2004.12からShimano Europe Holding B.V.

ラレーTaiwan
(調達部門)
香港商帝熙有限公司(1987年設立・登記だけ?)の台灣分公司DTC LTD. TAIWAN BRANCH (1987年設立、活動はこちらしかないみたい)
SWISSBIKE VERTRIEBS GMBH (2003.11)詳細
(ラレー社ブランドライセンス管理会社)

RALEIGH, DIAMONDBACK, NISHIKI, CYCLEPRO etc ラレー社とは切り離されてフィンデンクロフツさんの掌中にあることに注目です。 NISHIKIは他社にライセンスして使わせているだけのブランドになっていますね。でも、よく考えれば、ラレーサイクル社さえ他社ですから、RaleighブランドをラレーUKが使うのも、ラレーUSAが使うのも、ラレージャパンとしてアラヤが使うのも、NISHIKIを株式会社カワムラが使うのも、SWISSBIKE VERTRIEBS GMBHから見れば(フィンデンクロフツさんから見れば)、同じことなのでしょうね。

Derby Cycle Werke ダービーサイクルベルケ⇒索引へ
(ただの「ダービーサイクル」とは違う会社。「ダービーサイクルの子会社だった」からついた名前。親会社だったダービーサイクルは、経営権が売却されて、新しい会社となって、名前を変えて、一番上のラレーサイクルとなりました。)
ラレーサイクル傘下でも名前を変えなかった会社。ラレーサイクルの傘下で4年間。そのあと2005年ドイツ投資会社に売却。2011年1月株式公開。英国Univega再投入で工場見学

2011年、株式公開、会社名は Derby Cycle AGに。アクセルグループが株に手をだしてきました。これに対向して、オランダのポンホールディングスに助けを求めて、アクセルグループの手から逃れて、ポン社が買収しました。
Gazelleハゼレ ⇒ 詳細 ラレーよりも高収益の会社だったハゼレは1971年からTI傘下企業で、ラレー社と一緒にTI自転車部門を形作っていた会社。ラレーサイクルの前身だったアメリカのダービーサイクルが抱えていた負債の返却資金を得るため、(オランダの投資会社Gildeヒルデ社に)売却。これでラレーサイクルが発足できたようなものです。

2011年、オランダのポンホールディングスが買収しました。ポン社はVW関係などでのオランダの輸入販売会社で、オランダの自動車関係会社の大会社。創業者はワーゲンバスのアイデアをだした人として知られています。
ラレーUSA:ラレーサイクル社の前身のダービーサイクル社が買収したHuffy社ラレー事業部とWest Coast Cycle社を合併させた会社。ダービーサイクル時代はダービーUSA社。ラレーUKとは並列の関係。現在はもちろん、ダービーサイクル時代もラレーUKの出先ではまったくありません。ダービー直前のHuffy社時代でもすでに「ライセンス事業」。上級はラレーUKから輸入品を販売(代理商で輸入元)でしたが、それ以外に下級品ではブリジストン製(日本製)でラレー名をつけて販売(後期は台湾製)。下級車ブリジストン製ハフィーのラレー車は、現在アラヤが台湾製アラヤ車をラレー車として販売しているのと同じ「ライセンサー」(ラレーブランド)と「ライセンシー」(ハフィーやアラヤ)の関係です。
WCCS:Nishikiニシキ印[日本の川村工業が最初は作っていた(ハウィー・コーエンさんのちEverythng Bicycleでkuwahara BMXを紹介しこれがETでも使われたのはコーエンさんがいたから。)]、CycleProサイクルプロ印[アクセサリブランド]

現在のラレーは、フランスノルマンディに近いジャージー島という英国外にあるラレーサイクル社という持ち株会社の傘下に、ラレー印の発祥元である英国のラレーUK社(英国ノッティンガム)、アメリカには、英国のラレーがライセンスしていたHuffyハフィー社傘下のラレーライセンス事業ラレーUSA社(米国ラレー印)と、香港資本になった後のウエストコーストサイクル社(右枠⇒)を合併させたダービーUSA社を社名変更したラレーアメリカ社(ワシントン州ケント-もともとハフィーラレー工場があった場所)、そのほかラレーカナダなどがあります。2005年までは、今はFocusフォーカスで有名なドイツのダービーサイクルヴェルケも傘下でした。重要なのは今のラレーUKはイギリス販売をするための会社で、ラレーアメリカはアメリカに販売するための会社で、それぞれの地域の売り上げをラレーサイクル社という持株会社が管理するという形の会社だということです。ラレーUKが全世界を管理しているわけではありません。

ダイヤモンドバックもラレーのブランドでラレーよりもスポーティなブランドとして使われています。アメリカのブランドだったユニベガは1990年代末からラレーのブランドとなって、いまはヨーロッパ地域用として使っています。これは日本ではダイワ精工がドイツのブランドとして輸入販売しています。ドイツのブランドといっても間違いではないとおもいますが、それはラレーがヨーロッパのためのブランドとして使っているためで、それも2001年からです。歴史的には70年代からアメリカで長く使われたブランドなので、まだまだアメリカの歴史の方が長いのです。イラク人のベン・ラウウィさんがアメリカに来て自転車でつかんだアメリカンドリーム。そのきっかけが、1970年代前半はイタルベガ(Italvegaイタリアのベガ)で、日本のミヤタで作るようになったときにユニベガ(Univegaユニバーサルなベガ)としたものでした。ジャプベガ(Japvega)じゃなかったんですね。イタリアは名前につけたいけど、ジャパンはつけたくなかったということです。それを「世界(Universal)」と昇華させたところがマーケティングの才です。70年代のメイドインジャパンは、実を取るものであって、誇らしげに自慢するものではなかったということです。日本の中にいると日本はすごい、でも中国はひどい、というものの見方が強調されるようになりましたが、世界では日本は台湾や中国と同じアジアであって、日本人も中国人も台湾人もアジア人なんです。90年代から現代に至る台湾、中国と同じ位置づけだったということがわかります。中国や台湾とけんかしている場合ではなくてアジアの地位向上に努めなければEUにまけてしまいます。自転車だけに目を向けても、EUではアジア製自転車をヨーロッパ製として世界各国に輸出しています。ドイツ、イタリア、スペインなどの自転車の大量生産自転車はヨーロッパ製と法的になのれつつも実はアジア製です。日本でも日本の法律がないためその表示がいいようにされているようです。70年代のユニベガとまったく変わらない構図です。イギリスの自転車、イタリアの自転車、と騒いでいる時代ではないと思います。世界で活躍されている日本人は多いけれど、日本の自転車購入者は国や自転車販売団体の保護が十分でないため(jetro)に、マーケティングの餌食のようになっています。自転車はそれが顕著です。BAAも消費者保護ではなくて自転車産業界保護目的にあるようです。いま売れてきているだけに産業界はもっとたくみな宣伝で消費者をたぶらかせるかもしれません。世界はアメリカと中国だけで話を決めるような2強時代になって、日本はまた井戸の中のかわずにもどってしまうのかもしれません。話はもどって、古い自転車でも乗り続ける人の多いアメリカではユニベガファンがいまだにつづいています。それは日本の60年代自動車のファンのような位置にあるようです。だからユニベガはドイツだけのブランドでは決してないのです。ユニベガは1996年から米国のダービーサイクル(いまのドイツのダービーサイクルの親会社だった会社でいまのラレーサイクル)のブランドで、いま日本でダイワ精工がユニベガを販売するとラレーサイクル社の利益となります。(ベン・ラウウィさんの生涯を日本のちゃまでもネットでこんなに知ることができるのですが、日本の自転車を発展させてきたさまざまな人の生涯が、日本の自転車団体はどうして知らせることがないのでしょうか。KEIRINマークがいろんなところについていますけれど、Nishikiブランドをつくったひとを紹介したことがあるでしょうか。だれがつくったのでしょうか?Kawamuraは?Miyataは?人間ひとりひとりに焦点を当てた情報がまったくありません。持ち主が変わっても暖簾にだまされやすい体質は、人間を見ないで暖簾を、会社の看板を見るようになってしまった、ここ60年くらいの価値観にあるように思えます。)

日本で2003年以降販売されているラレーの自転車とは、日本のアラヤが自社自転車にラレー名義を借りて(ブランドライセンスして)つけて販売しているものです。ラレー社がつくっているものを輸入して販売しているわけでも(輸入販売代理ライセンス)、ラレー社の技術を使って製造しているわけでも(技術ライセンス)、いずれでもありません。名義のライセンスです。英国ものなのは名前だけです。それが英国風なのであれば、アラヤが演出した英国らしさです。賢い消費者としてはこの点を踏まえて商品選択をしましょう。もしも、どこかがラレーUKの輸入販売代理ライセンスをおこなっていたとしても、結局それは英国製ではありませんけれど。また、もしラレーアメリカの輸入販売代理ライセンスであれば、それは米国製でもないということです。

アラヤは自ブランドでも子供載せ自転車リヤカーを販売していませんし、ラレー名義の自転車リヤカーも販売していません。輸入販売代理をしているトレックジャパンは自転車リヤカーを販売していますが、輸入販売代理ライセンスであればそのままのライセンスで輸入元の自転車リヤカーを販売する可能性がありますが、アラヤは名義のライセンスなので、ラレー名義の自転車リヤカー販売のためには、自社で自転車リヤカーを製造あるいは調達してラレー名義をつけることになるでしょう。そのときは、英国ラレーのものとはちがったものになるでしょう。このことは英国ラレーと米国ラレーの自転車リヤカーの違いとおなじようなものになるでしょう。あるいは自転車リヤカー販売のため、輸入販売代理のライセンスを取るということがあるでしょうか。自社生産していないラレー社ではその意味はほとんどないでしょう。

自転車でも輸入販売代理のライセンスで英国ラレー車を販売する意味がないことに等しいのです。英国ラレーでの最上級車はコラテックですし。ラレーが販売している自転車がイギリスの風を感じることだとすれば、コラテックにのればイギリスの最高級の薫りが感じられるはずですが、たぶん、そうではないですよね。国別で商品を理解しようとすることがどんなに意味のないことかがわかります。現代では国はもう意味がなくて、それをやっている人がどんな考えでものづくりをしているのかとことのほうが重要です。国ではなく作っている人がどんな考えでやっているのかを、冷静に判断して、ものを判断しましょう。経営者が変われば、暖簾の意味もかわることを理解しましょう。暖簾の神話にだまされないようにしましょう。輸入かどうかなどで判断しないようにしましょう。マーケティングで、雑誌情報で、販売店情報で単純に判断しないようにしましょう。

国別に価値観を抱いていることを利用した宣伝が多くあるため、初心者は、うまくだまされてしまうことがあります。宣伝だと明らかにわかるものならまだそう思ってみますが、それ以上に、一見すると消費者向けガイドとして書かれているものに、かなり宣伝が組み込まれています(>アマゾンのベビーカーガイド。いまのグローバル化された製造業では、製造国は品質を意味しません。その製品に必要な品質を理解して製品そのものを判断することが消費者に要求されます。また、そのための正しい情報をメーカー自身が提供することがその前提となります。つまり、製品そのものが判断できなくとも、それを判断するための情報を正しくだしているメーカーなのかどうか、わからないけれども知りたいと思ったことがきちんと提供されているメーカーなのかをチェックすることで、メーカーのよしあしの第一段階が初心者でもチェックできます。メーカー神話だけを語って販売しているようなメーカーや販売店は要注意です。その点、アラヤのラレーは、自転車情報については地に足がついた情報を提供しているとちゃまには思えます。アラヤのラレーの問題は、ラレーが名前を借りているということをはっきり表示していないことにあります。アラヤは間違った情報をだしていないというでしょうけれども、積極的にいっていないだけで、思い込んだ消費者や、販売店のまちがった情報を鵜呑みにする消費者には、アラヤのメッセージが正しくつたわっていないようです。

日本のメーカーではアラヤはまだ実直なほうだと思います。もっと神話をあおるような歴史を曲げたマーケティングを展開しているメーカーがたくさんあるようです。

印(ブランド)ではなく会社として見ればラレーUKは元来のラレー社(この会社はイギリス自転車のたくさんの会社名とブランド名を所有)、ラレーアメリカはハフィーの一事業部とウエストコーストサイクルの合併した会社

Raleigh UKは独立した会社ではなく、より大きな会社の中のひとつの事業部門です。「ラレーは世界的な自転車会社でイギリスでは自転車とアクセサリーのサプライヤーだ、供給業者だ」、と明確に言っています。ラレーという表現をイギリスと同一視していませんラレーという表現をラレーUKと分離して使っています。ラレー印(ブランド)はラレーUKの所有としては使っていない。ラレー社が、このような使い方をしているのです。これがラレーがラレーというブランド名とラレーUKという自部門を正確に表した使い方なのでしょう。これはラレーUKがそのブランドの取り扱いの中心人物であるブランドマネージャーの求人票での表現です。(2009年3月のラレーUK求人) Raleigh Molly

ラレーRaleighとは会社名でもあり、ブランド名でもあります。ここでは区別したいときには会社名は「ラレー社」、ブランド名は「ラレー印」と明示を一応心がけています。また、会社が何度も売買されているので、経営の実態は「ラレー社」でないこともありました。1960年から1987年までのチューブインベストメント社(TI社)時代、1987年から1998までのダービーインターナショナル社時代、1998年から2000年のダービーサイクル社時代は、親会社の名前はラレーではありません。けれども、特にダービーサイクル時代の2年間は親会社の中央集権体制で「ラレー社」よりも「ダービーサイクル社」が重要な決定をしています。英国ラレー社が自社生産を止める決定はこの時点でされています。このとき中央と各国の社長はビール会社出身でマーケティング出身の人たちで、ラレーの100年間で自転車/スポーツ/製造といった点から視点が大きく変わっていた時代でした。それまでだんだんとグローバリゼーションにさらされていたラレーでしたが、この時期のたった2年間で会社の実態が大きく変わりました。いつかは変わらなければならなかったでしょう。ビール会社だから、マーケティングだから、舵を大きくきったというわけではないと思います。逆に、ある意味ドライな人たちだったからこそ、実態をより具体化するのが早かったということとも思えます。企業経営は趣味ではないのでノスタルジーではおこなえません。リアリティでおこなわなければ、名前自体なくなってしまうでしょう。

現在のラレーという会社はラレーサイクル社でこれはダービーサイクル社を引き継いだ会社です。持株会社です。歴史的な英国ラレー社は別の会社でラレーサイクル社の子会社です。アメリカのラレー社はラレーアメリカです。これらラレーサイクル社の子会社は、現在では供給業者(サプライヤー)として紹介されます。イギリスのラレーUK、アメリカのラレーアメリカ、カナダのラレーカナダ、ドイツのラレー&ユニベガという各国の『bicycle supplier, bicycle parts and accesories supplier (自転車、自転車部品、関連製品の供給業者(サプライヤー)』子会社の売上と、その他の国ではライセンスして別の会社からライセンス売上を、それぞれ集めて企業活動している会社です。直接の子会社はSupplierです。Maker/Manufacturerではなくなりました。どこか他のMaker/ManufacturerのものをSupplyする会社です。スウェーデンのサイクルヨーロッパや日本のアラヤなどのライセンス先も資本つながりはありませんが会社としてやっていることは似たようなものです。

日本のアラヤはアラヤ企画で台湾で作った自転車にラレー名をつけて販売しています。アラヤのラレーとは企画や全体構想は日本のアラヤ、自転車設計製造は台湾製(最近は台湾製造会社も中国工場や中国外注も多く、また中国で作って台湾製とするものもあるようなので、中国かもしれません。あるいは、両方)、日本でアラヤが販売しているものです。商品名はイギリスのブランド名「ラレー」です。イギリス製の自転車ではありません。アラヤとラレーがその特定の自転車のためにコラボレーションしているわけでもありません。もし自転車のためにコラボレーションしているなら、自転車のなにがラレーのもので、なにがアラヤのものなのかが言えるはずですが、ラレーのものなのは、その名前だけなんです。アラヤが販売しているラレーという自転車でラレー社がそれ以外にしていることはないんです。それで「英国ラレーとアラヤのコラボレーションモデルです。」といえるでしょうか?

けれどイギリスのラレーもおなじなのです。イギリスのラレーが企画し全体構想をして、他の国でつくった自転車にラレーという名をつけて販売しているのです。いえ、アジアの自転車生産メーカーがイギリスのラレーに「こんどの流行はこれです」と提案して、ラレーが「それでお願い」というところで、きまっているのかもしれません。この「それでお願い」を企画というのかもしれません。

アラヤとイギリスのラレーの違いは、ラレーサイクル社という会社の子会社か、まったくの別会社かというだけで、やっていることは、ほぼおなじことをやっているのです。つまり、イギリスラレーが販売している自転車と日本のアラヤのラレー車と、本家とかラベルとかという違いはないのです。はっきりいえば、どちらも、「ラレー」という苗字を名乗れるようにラベルを貼った自転車ということです。

ただし、イギリスのラレーはそのような内容が一般に知られていますし、ラレー社自身も、その内容を逐一オープンにしています。

しかし日本では違うのです。

アラヤのラレー自転車はいい自転車だと思います。けれど、その宣伝告知方法は、いかがなものでしょう。とてもおかしいと思います。一部の方の問い合わせには誠実に対応しているようですが、どうして、これをラレージャパンのウェブでオープンに宣言しないのでしょう。このようなやり方は消費者の期待を裏切るやり方で、これは自転車業界そのものに蔓延しているようです。ダイワ精工(2009年10月からグローブライド)のユニベガの紹介文おかしいと思います。このような宣伝はうなぎ業界など疑惑の食品業界と変わらないと思います。もしかしたらやっているほうの人は「これはイメージ広告だ」というのかもしれませんが、それでもここまではやりすぎでしょう。このような宣伝方法が長く続くわけはありません。消費者庁ができたら、これもその課題のひとつになるはずです。けれど、調べれば調べるほどに、製造業者、販売業者に甘い日本、消費者は何も知らない与えられた情報で満足してしまう人たちとして業者も行政も扱っている、と思わざるを得ない状況です。消費者という言葉自体、売る側との対比の概念です。現状の日本を考えると消費者庁とは消費者をうまくコントロールするためにできるのかもしれません・・・

もし、上記状況がちがっているなら、それぞれが公式な情報としてオープンにしていないことが悪いのですよ。アラヤもラレージャパンサイトで昔の歴史を語るだけでなく、現在のアラヤとラレーのコラボレーション状況まで踏み込んで語るべきでしょう。

(2001年からの現ラレーグループの会社登記はイギリス王室属領のジャージー島というタックスヘイブンに置かれています。Googleでは(たぶん端折って簡便に)UKと表記していますが、ここはUK/英国/イギリスではなくて、イギリスの王室の私有地なんです。ですので、ラレー社は英国で創業したのですが『現在のラレーは英国本社ではありません』。正確には英国のラレーは一子会社になっていて、親会社が別にできていて、親会社は英国外にあるのです。英国の会社はラレーUK社、親会社はラレーサイクル社でどちらもラレー社なんです。普通、こういう情報はコラボレーションしている会社が出すものじゃないでしょうか。)
大きな地図で見る

よく今でも「英国のラレー」と宣伝されていますがラレーは2002年からブランドとしてのラレーをライセンスしてサイクルヨーロッパなどの他のメーカーが使うようにしています。これは自転車製造から商社への転換だということです。いま販売されているラレーは「別々の自転車会社が独自に企画開発したものに(ラレー社が一応チェックした上でなのか、許容された範囲で勝手になのか、わかりませんけれども、)つけられたラベル」だということになります。開発陣はUKに残っているということですが、ラレーUKはイギリス国内担当の会社ですし、ラレーUKからライセンスされているわけではないとおもうのです。イギリスの伝統というブランドイメージは名前にこそありますが、自転車本体としてはすでにかなり神話的なのではないでしょうか。

アラヤのラレー車を『英国発祥の企業の自転車名を借りた』といわずに単に『英国風』と表現することは、そのラベル以外ではモノとしては「企画、製造でその自転車になんら英国が関係ない」のですから、たとえば、日本で販売されている日本の文化、中国製ママチャリ、そのすべてを、
『日本のママチャリはすべて英国風』
といってなにが悪いのでしょうかという感じがします。

「明治、大正、昭和と英国自転車の影響を受けて形作られ日本風の味付けがされたもの」で、しかも「中国の自転車産業はその日本の自転車工場が出発点」ですから。

アラヤのことを批判しているのではありません。世界の自転車業界がそういう文化になってしまっているようです。上で英国のラレーはちゃんとやっているといいましたが、日本よりはオープンというだけのようで、徹底されているわけではぜんぜんないようです。=>わたしの自転車はどこでつくられたの? あるいは、だれがわたしの自転車をつくったの?

いままでここに書いていた内容は
ラレーの歴史年表
に移しました
ご興味のある方はそちらでどうぞ

Avenir印やCyclepro印で販売されている自転車関連商品Avenir_adjustable_threadless_stem Avenir_bing_bong_bell Avenir_cycle_pro_6inch_horn Avenir_cycle_pro_evil_eye_bell Avenir_cycle_pro_safety_flag Avenir_cycle_pro_tiny_tone_bell
Avenir_diamondback_shopapron_sl500_Avenir Diamondbackというロゴのショップエプロンです珍しい
Avenir_soccer_bell Cycle_pro_bell_with_compass Cycle_pro_flower_basket

以下は、特にイギリス、一部アメリカのラレーで販売されている自転車リアカーの話です。(下:ラレーUK2008年カタログ 20ページ目アベニールページ)

Raleigh_uk_2008_catalog_avenir

ラレーではお子ちゃま向け自転車や自転車子供載せリヤカー(サイクルトレーラー)をアマゾン(amazon.co.uk)で販売するなど幅広い層にむけて商品化をしていますがそのラレーの自転車アクセサリー用のサブブランド名のAvenirアベニール、Phillipsフィリップスの名前をつけて自転車子供載せリヤカーが販売されています。アベニールはアメリカ発祥でアメリカ、イギリス双方で、フィリップスはイギリス発祥でイギリスで使われています。

アベニールは単体のみでの紹介も多いですしラレーアベニールとされることも間々あるようです。一方のフィリップスはラレーフィリップスと紹介されることはまずなく、単独で使用されているようです。これはフィリップスは大量販売店向けの用途と決められたからのようです。ただしアベニールも大量販売店でも販売されています。またラレー自転車のサイトでは特にアベニールとは紹介されていません。

フィリップスPhillips:このフィリップスも、もともとはPhillips Cycles Ltd.さらに以前はJ. A. Phillips & Co. Ltdという名前の1870創業のラレーよりも古い老舗自転車メーカーで、販売台数もラレー次いでイギリス第2位のメーカーとして長年愛されてきた会社で、「ソリッドチュービング技術」を開発したクリデンダを1908年に買収、1949年にチューブインベストメンツ(TI)という、後にラレーの親会社になる会社に買収されています。1960年にラレーと一緒になって、ラレーの経営陣がTI傘下の自転車事業をまかされ、フィリップス含め、さまざまな自転車ブランドをラレーより格下のブランドとして使用するようになりました。フィリップス名義の自転車は20世紀初頭から1980年代まで作られたのですが、1960年以降のものはラレーの廉価モデルとしてデパート販売されたモデルでした。ラレーの管理する自転車ブランドは「カールトン」以外はすべて、”ラレーを頭につけずに”量販店、ディスカウント、アウトレット(アウトレットと呼ばれる店舗は特定ブランドだけを販売する専門店の意味でこれ自体には日本で使われる安売店という意味はありません)の流通品につけています。『それはラレーの名前を大事にすることかららしいです。これは60年代からのラレー伝統のようで、その昔は、ラッジやBSAといった名前が最初にその役目を果たしていました。』といわれることがありますが、歴史を調べてみると、子会社としてもラレーという名前だけが生き残って、ほかはすべて単なるマークになってしまったので、ラレー経営者の判断としては当然、その反対に、ほかの経営者にとっては悲惨な結果になったということのようです。『ラレーの名前を大事にする』とか『ラレーの伝統』という表現は”勝者側の歴史の書き方”なんだと思います。もっとも、今ではその当時のラレーは継続していないので、もっと中立的にちゃまが書くとすれば、『現ラレー社が、現在のビジネスにつなげていくためのマーケティングとして、”ラレー”という名前を最大限に生かして、最大限に賛美して、当時の歴史の語り方も、その方向性で決めている』ということになるのだと思います。

アベニールAvenir: 製品開発者のコージーヤマコシ(Cozy Yamakoshi、たぶん山越淳也)さんとCenturionセンチュリオンとDiamond Backダイヤモンドバックで知られているカリフォルニアのWestern States ImportsWSI)が保有していたブランド。ダービーサイクル時代にDiamondback(ロゴが変わっている)買収と一緒に1998年12月に買ったもの。ということでアメリカ発祥と思いましたが、でもWSIそのものは中国の自転車の大家ジェローム・シー・チンフン(Jerome Sze Chin-hung 漢字表記は施展熊)が作った販売会社で、ダイヤモンドバックも中国では90年代には地元の高級ブランドだったそうで、高級自転車につけられた最初のブランド名として中国自慢のブランドでした。世界に販売される一方で、それまで普及していた実用自転車の中国から、裕福になった中国の人たちが買うようになったブランド名のついた最初の高級自転車。Avenirはフランス語で将来とか未来とかいう意味ですが、ラレーでのアベニールの役割は「stock solutions ストックソリューション」、収納関連商品につけられる名前となっています。ウェア(clothing)、サドル(saddles)、カーラック(car racks)、バッグ(baggage)といったところです。ここに自転車リヤカーや子供シートが含まれます。カーラックはアベニールがイギリス一位だと自分から言っているそうです。特に牽引バーに取り付けるキャリアの売上が伸びているそうです。カンサス、ネバダ、アリゾナ、デイトナ、モンタナ、オハイオ、ユタとアメリカの州名や都市名を製品名にしています。2008年10月にはPisa(今度はイタリア)という3台のせアルミラックを発表しています。

サイクルプロ CyclePro: アメリカで発売されている(言い換えれば「ラレーアメリカ発売の」)アベニールAvenirでは、サイクルプロ CycleProというブランドもついて、Avenir CycleProとされているのが多いのですが、このCycleProはWest Coast Cycle Service(WCCS)のブランドだったようです。はじめはアクセサリー&パーツで使われていたとのこと。ダービーはラレーアメリカ(今は社名はこのままで呼称はラレーUSA)を作った時に「ハフィーのラレー部門」と「WCCS」を買収して合体させましたけれど、このときWCCSからニシキNishikiと一緒にきたのがアクセサリーブランドのCycleProでした(WCCSからオーダーを受けてNishiki自転車を作っていたのは神戸の川村工業が有名ですが、それ以外の日本の工場もつくっていたような記述もあります。また台湾のジャイアントに移転されていきました。Nishikiは川村の商標ではなく、WCCSの商標だったのです⇒日本語情報ではまったくありませんけれどもNISHIKIはハウィー・コーエンさんが中心だったのです)。ダービーサイクルではこれを通販やデパート販売用自転車につけて使ってもいたようです。ダービーはアメリカの販売権だけだったのでしょうか、ヨーロッパではNishikiやCycleProを別会社がいまでも使っています。現ラレーアメリカではAvenir CycleProとは、Avenir, CycleProやAvenir/CycleProとも書かれていることがあります。「Avenirの中のCyclePro」ではないようで、「AvenirとCyclePro」とか「AvenirまたはCyclePro」という感じで、AvenirだけでもCycleProだけでも良いようです。つまり、ダービーアメリカのアクセサリーブランド、あるいは、ラレーアメリカのアクセサリーブランドという意味で使っているようです。ほかにNishiki自転車を通信販売やデパート販売(いまでいうウォールマートやトイザらスでの販売)をするときにはCyclePro名で販売したということです。CycleProとして販売されているのにフレームにはNishikiとあったとかcykelhobby。ここには「ダービー社は1989年-1990年にはカワムラ製ではないNishikiを日本外で作って販売」ともあります。このNishikiは台湾製なのでしょう⇒ジャイアントだそうです。アメリカでのNishikiブランドはカワムラのコントロール外にあることがよくわかります。「Nishikiは日本のカワムラのブランド」とは「(特に前記は)大抵の場合はそうなのでしょうけれども」、「法的に、あるいはすべてにおいて正確というわけでは」ないようです。

ということは、Avenir CycleProとは当時のアメリカで人気のあったWSIとWCCSという会社のアクセサリーブランド名を合体させた名前ということになります。日本の自転車利用者に対してブリヂストンパナソニックとかOGKトピークなどという名前のブランドができたようなものでしょうか。

モデル情報
Avenir Discovery 2008年アメリカ販売モデル Avenir_dual_trailer_stroller_20082人用Dualと1人用Solo。フレームと車輪はアルミ、折りたたみが簡単な方式。車輪もクイックリリース。車輪をはずして平らに折りたたむのに1分かからない。 ベビーカー変換でハンドルは高さが三段階37.5" / 39.5" / 41.5"に変えられる。ベビーカー用前輪はアルミ12インチ。後輪アルミ20インチ。安全ベルト、後部に広い収納部。PVC(塩ビ)雨よけカバー。60インチ長安全旗。後部とスポークに反射板。製造時の問題があった場合に関して2年保証。黄/赤/灰色。100ポンド(45kg)制限。標準価格360ドル
英国販売モデル

Avenir Solo アベニールソロ 2008年 Avenir_solo

  • 内部にお菓子ポケット2個
  • 安全旗
  • 積載重量 40kg(75ポンド34kg?)
  • 色はサンシャインイエローを一部に使った赤
  • 軽量で耐久性あるアルミフレーム使用
  • 1人乗り自転車リヤカー、ベビーカーにも工具なしで変換
  • アルミ合金、ボールベアリング車輪
  • 安全旗付属
  • 標準販売価格260ドル、売価200ドル程

    米国販売モデル

    同じモデルを米国販売ではDevine Design Solo Trailerと呼んでいるようです。(少なくとも2009年4月時点では) Amazon.com販売でDevine Design Solo Trailer with Stroller Attachmentが売価$249.99ドル。販売者名がDevine Design by Avenir。"Devine Design"って、テレビで主婦層に人気の女性デザイナーのことなのでしょうか。家のBefore and Afterってここが最初ですか?。カリスマ主婦として宣伝されていたマーサ・スチュワートと彼女のビジネスモデルに似ているような感じがしますが。

    Devinedesigndiscoverysolo20stroller同じ"Devine Design"名で、"Devine Design Discovery Solo 2.0 Stroller"も販売されています。


    英国販売モデル

    Avenir Shetland アベニール シェトランド スチールフレーム (2009年から) Avenirshetlandtrailer2009
    スチールフレーム(鋼鉄製)のシェトランドは2009年から変わりました。

    製造元:従来品と同じ台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製ですがEnvoy エンボイ新型となりました。
    2007年末には他社では販売しはじめていたので、旧シェトランドの在庫がなくなるまで2年間の差があったということですね。日本では旧モデルとなったとたんに新古品扱いとなってしまうのが、どんなものでも普通ですが、一律の販売というのは、製造元の力が強いことの現われなのだと思います。消費者が熟成してくれば、多様な販売がおこなわれるようになります。日本の販売方法は、ある意味、特殊なものだということがわかります。これはかならずしも日本の特殊性ということで一般化するものではないような気がします。日本が特殊なのではなくて、単に特定の時代というものを反映しているような気がします。

    Avenir Shetland アベニール シェトランド スチールフレーム (2008年まで) アベニール シェトランド


    英国販売モデル

    Avenir Avon アベニール エイボン アルミフレーム (2009年もモデル変更せず販売中) アベニール エイボン アベニール エイボン

    製造元:シェトランドもエイボンも台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製KE102型

    米国販売モデル

    旧型アベニール

    Avenir Discovery アベニール ディスカバリー

    アルミフレーム、クイックリリース式19インチタイヤ、積載重量100ポンド。子供1名または2名、雨よけとメッシュ、5点式安全ベルト、反射板、後部収納。台湾Abmex製FT-1120/FT-1020に見えます。 Avenirold2 Avenirold1 Aveniroldfront Aveniroldflat Avenirdiscoverfolded
    Avenir_1Avenir_2Avenir_3
    製造元:台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製Runabout II型

    英国販売モデル

    アマゾンamazon.co.ukで販売されている(2008年時点)アベニール印の自転車子供載せリヤカー79.99ポンド

    • 耐久性とコンパクトさ
    • 雨よけ付
    • ツーリングに理想的
    • 最大積載量 70ポンド/31.8kg
    • 5歳児まで
    • 安全旗
    Raleigh_avenir_amazon_uk 追加画像
    製造元:台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製KE100型

    英国販売モデル

    Cleveland hardbase trailer クリーブランド ハードベース トレーラー (強化プラスチックフロア 16インチ) Avenir_cleveland定価200ポンド。これが2008年2月現在ラレーUKで紹介されている3種類あるうちの最も高い価格の自転車子供載せリヤカーです。プラスチックの床です。この床や車輪がついているフレームの構造などドイツのZweiPlusZweiのKiddy Van 101に似ています。同じ製造元のものと思えます。上部の形はKiddy Vanほうがよりくさび形なので完全に同じではなさそうです。兄弟モデルでしょう。(同型リスト) 追加画像

    製造元:台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製プラスチック床 Kuji Sports Explorer型
    • 頑丈な硬い床。側面は折りたためフラットになります
    • 16インチクイックリリース
    • 虫除けスクリーン付き巻き上げ式雨よけ(Fold up rain shield and fitted fly screen)
    • 安全ベルトに加えて取っ手がある
    • 後部にLEDライトを引っ掛けるためのループを装備。安全旗
    • 重量制限 40kg

    米国販売モデル

    その2 次にアメリカ型商品。こちらはAvenirアベニールだけじゃなくて、さらにCycleproサイクルプロまでついている。AvenirもCycleproも買収したブランドを使いまわしているように思えますが。Cycleproはダービーが通販用に使っていたブランド。

    Avenir CyclePro Discovery (ディスカバリー) Child Bicycle Trailer Alloy Aluminum Baby Bike Carrier 定価300ドル 売価200ドル ということでアメリカのラレーの販売のようでイギリスでは売られていません。

    製造元:台湾Abmex製FT-1020型
    。(同型リスト)
    AvenirdiscoverybirdAvenir_cyclepro_discovery
    • ウォッシャブル420デニールのナイロン生地を使用。破れに強く、擦り傷もつきにくい。
    • シートは600デニールのポリエステル生地。5点式安全ベルトは長さ調節式
    • 後部収納
    • 厚手のビニールウィンドウ。網目の下敷き付き。Thick vinyl windows with mesh underlay
    • 全シーズン対応トップカバーは安全スクリーン付き。All season top cover with safety screen
    • 安全旗 Safety Flag included
    • 乗車部カバー(キャノピー)は反射ストライプ付き。CPSCスポーク反射板。Reflective canopy striping and CPSC spoke reflectors
    • 連結器は道具要らずでチェーンステイへの取り付け。ほとんどの自転車に取り付け可能。Tool-less chain stay hitch that easily attaches to most any bike
    • クイックリリース式車輪
    • 積載重量は子供と荷物あわせて88ポンド(40kg)まで
    • 虫よけネット、雨/風よけビニールカバー巻き上げ式
    • 1名または2名
    • 自転車転倒時でも自転車子供載せリヤカーは直立したままの安全な連結
    • ハブは精密シールドベアリングを使用
    • 20インチ車輪 軽量 T6 6061 アルミ合金リム 側面衝撃から車輪を守るホイールガード付き
    • 軽量 T6 6061 アルミ合金フレーム
    • 車両重量19ポンド(8.5kg)
    • ラーレーバイシクルカンパニーオブアメリカの製造元保証(factory warranty)2年付き
    Avenir_discovery_canada
    その3 英国販売モデル

    Phillips フィリップス

    Phillips Childs Trailer Softbase
    フィリップス チャイルド トレーラー ソフトベース Phillips_childs_trailer_softbase

    ソフト床の自転車子供載せリヤカーで20インチクイックリリース合金リム。側面はキャンバス地を使用し折りたためる。軽量で頑丈なアルミ合金フレーム。巻き上げ式(Fold up)雨よけ(rain shield)および虫除けスクリーン(fitted fly-screen)。安全ベルト、安全旗、ストローラーキット(前輪とハンドル)が付属(Complete with push along conversion kit) RRP(推奨小売価格)159ポンド

    製造元:台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製Runabout II型
    参考JeJamesCycles(http://www.jejamescycles.co.uk/)で149ポンド。旧型 Avenir Discovery同型で、同じく台湾Abmex製FT-1120/FT-1020に見えます。(同型リスト)
    製造元:台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製プラスチック床 Kuji Sports Explorer型

    Phillips Childs Trailer Hardbase
    フィリップス チャイルド トレーラー ハードベース

    Phillips Cleveland

    Phillips cleveland sidePhillips cleveland front
    以前はこの型もありました。 http://sports.webshots.com/photo/2990456180052923827YoAvIG 上記旧型アベニールのAvenir Discovery アベニール ディスカバリーと同型

    Phillips Shetland フィリップス シェトランド

    Phillipsdiscoverfront Phillips side Phillipsdiscoverinside
    製造元:台湾企業Kuji Sports社(旗元社)の中国工場会社Tianqi社製KE102型
    Phillipsdiscoverfolded

    参考 2008年5月時点のイギリスの販売の一例 JeJamesCycles(http://www.jejamescycles.co.uk/)
    価格はポンド(おおよその万円)

    モデル推奨小売価格販売価格割引
    バーリーデライト'07429.99
    (8.7)
    386.99
    (7.8)
    43.00 (10%)
    バーリーカブ'07(生産終了)419.99
    (8.5)
    377.99
    (7.6)
    42.00 (10%)
    ジャイアントピーポッドLX'06349.99
    (7.0)
    309.99
    (6.3)
    40.00 (11%)
    バーリービー'08239.99
    (5.0)
    214.99
    (4.5)
    25.00 (10%)
    フィリップスソフトベース'06159.00
    (3.3)
    149.00
    (3.0)
    10.00 (6%)
    フィリップス
    ゲットアロングデラックス'06
    150.00
    (3.0)
    134.99
    (2.7)
    15.01 (10%)
    アベニールエイボン'06209.99
    (4.3)
    129.99
    (2.6)
    80.00 (38%)
    スポーキージョー'06159.99
    (3.3)
    119.99
    (2.5)
    40.00 (25%)
    パリギャップ
    ゲットアロングスタンダード'06
    125.00
    (2.5)
    112.00
    (2.3)
    13.00 (10%)
    フィリップスシェトランド'06119.00
    (2.4)
    109.99
    (2.2)
    9.01 (8%)

    全体的に米国のバーリーと世界のブランドの台湾のジャイアントが高く、イギリスブランドは安売りです。これは日本でもどんな商品でも国内にある商品なら一般には国外製は高く売れるものを扱う・・・ということでは同じですね。そういった目で見ると、バーリーとジャイアントは別格で、150ポンド3万円強のフィリップスソフトベースあたりがそこそこの値段なのでしょう。そして100ポンド2万円を切れば大安売りということになるのでしょうか。1割引が基本のようですね。それにしても2006年モデルが多いのはどうしてでしょう。2008年モデルはバーリーのビーだけです。日本ではこんな風に書いて販売したら売れませんね。日本の販売業者の皆さんはモデル年式を正直に書いているのでしょうか。割引率はアベニールエイボンが叩き売り状態のようですが、これは終了ではないのでしょうか。ジャイアントは高く売れるのですね。バーリーのカブは生産終了だそうです。

  • « Tanjor タンジョール | Main | アベニール シェトランド 画像 »